無意識日記々

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踵を返す歌詞価値転換

前回は叙述トリックという言葉を使ったが、もっと正確に、というか幅広く捉えるならば、それは5分の歌詞世界の中での視点転換、価値転換であり、同じ事象や認識、或いは表現や言い回しに対して異なる見方を複数提示する事である。小説でいえば、星新一の掌編小説の手法に近いかもしれない。

中毒は『別に会う必要なんてない』から楽曲が始まる。この導入部自体がまず既成のPopsに対するアンチテーゼ的な役割を果たしている事は、例のコピペでオチ担当になっている点からもわかる。ブリッジまで、この最初に提示したテーマを引き継いだ内容が続くが、サビの『だけどそれじゃ苦しくて』以降で本音が吐露される。今でいえばツンデレみたいなものなのだが、注意したいのはこれは矛盾による葛藤という訳でもない。短く纏めればただ「必要はないけど、それでも会いたい」と言っているに過ぎないのだ。しかし、その前半の部分だけを最初に提示する事で、既存に流通している通念に対する距離感や持っている感情の激しさを技巧的に表現しているのだ。当時16歳である。

東京NIGHTS。運命の出会いを求めて都会をさまようような強い欲望に基づいた歌詞だが、二番サビ後に急に不安げに『隠しておきたい赤ちゃんみたいに素直な気持ちは』と本音が吐露される。これはtravelingと同じ手法で、イケイケ!なノリの裏付けになる感情をしっかりと挟み込んでいる。

以上の例は、ヴァースからブリッジまでとサビとの対比、及び二番までの定型的運用からの展開部、というそれぞれ異なった構成での視点転換である。FTBや虹色バスでは、これを楽曲の最後にもってきている訳だ。特にFTBは巧妙で、『今宵もファイトのゴングが鳴る』の後に、もう一度前段のサビと同じ歌詞が繰り返されるのだが、このセリフを通過する事で聴き手の受ける印象が微妙に変化するのだ。ゴングが鳴ってリングに送り出された後の『男も女もタフじゃなきゃね』の一節は、まるで突き放されたかのような感覚が付加される。同じ歌詞を違う響きに、違う意味に使う構成な妙。「あの一言は、そういう意味だったのか」という気づきを与える所は、本当に星新一みたいな感じだわね。