無意識日記々

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甘えん

時系列順としてはまずWINGSがKeep Tryin'のカップリングとして発表され、次にThis Is Loveがアルバム先行配信限定シングルとしてリリースされた。歌詞をもう一度復習しておこう。

『お風呂の温度はぬるめ あまえ方だって中途半端 それこそ甘えかな』
『Oh 痛めつけなくてもこの身は いつか滅びるものだから甘えてなんぼ』

リリース順を見越して、というか作った順にそのまま発表したのだろう、部分的にではあるがアンサーソングになっているとみていいのではないか。

WINGSでは、どうやって甘えたらいいかわからないもどかしさが伝わってくる。そこまで悩むか、という迷いぶりで私は即座に花井拳骨の名言「テツは悩んでるんやない、悩み方知らんから困っとるんや。ほら、動きがどことなくぎこちないやろ」を思い出した(これのどこらへんが名言やねん)。それ位光は甘えるのが苦手という事だ。

WINGSの歌詞を丸々実体験に基づいたものだとみなすのは無理がある。恐らく少しずつ、現実と虚構を混ぜているのではないか。しかし、この甘えの一節は、どうにも光の本音が炸裂しているように思える。有り体にいえば、勘である。

そういえば、脱線するが、例えば松井秀喜本塁打を打った時、「甘いコースに入ってきたのを完璧に叩けました」と表現するが、なぜここで"厳しい"の反対語として『甘いお菓子』の"甘い"が採用されているのだろうか。厳しいの反対なら緩い、或いは優しいを使えばよいものを。これは、甘味が美味の基本である事を思い出せばわかりやすい。ゴジラ松井にとって撃ちごろの球筋は"美味しい球"なのである。関西芸人が笑いのチャンスを棚牡丹でものにした時も"おいしいわ〜"というが、一般的に甘いとか美味しいというのは、思わぬ利得、想定以上の利得を得た時に使う形容詞なのだ。


つまり、"甘える"とは、一般常識に顧みて一定ラインを上回る利得を得る行為を指す。"お言葉に甘えて"とは、普通ならそういう恩恵を受けられない所を受けられる、というニュアンスがあるし。甘えるのが下手というのは、即ち、自分が眼前の利得を得てもよいものかどうかを先に判断しようとしてしまう性格や性質の事なのだ。

光は、つまり、なかなか自分の事を許せない性格で、どうしても周りに(時には自分自身に)"お伺いを立てて"しまう。暗い部屋で冷蔵庫を開けてもいいか逡巡する幼子、という情景は光の事を知る者に共通の原風景だと思う。自分に甘い人間は、何の躊躇いもなく深夜に冷蔵庫を開け閉めするだろうが、宇多田光はどこまでも怯えていたのだ。

WINGSでのぎこちない逡巡は、どうやって自分を許せばよいかわからない気持ちが根底にある。どれだけ甘えられる人が傍に居ても、自分で自分をまず許し、資格とか条件とかを考えてしまうのであれば、無条件に、無償に無性に相手の胸に飛び込む事など出来はしないのだ。

長くなった。また続く。