無意識日記々

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インターネットが変えた日本語の歌の姿

インターネットによって、商業音楽の様態が大きく変化するだろう事は予測出来ていた。配信販売とそれに伴う価格破壊、更には販売形式の多様化である。今は一曲250円でバラ買い出来るようになったし、日本ではまだまだだが有料パーソナライズドラジオなどが出てきている。これらには、驚かない。どちらかといえば、通信環境や保存容量の急激な進展に較べ、歩みが遅いとすら感じる。住んでる国にもよるんだろうけれど。

しかし、もっと深いところまで音楽がインターネットによって"侵食"されていく面までは、少なくとも私は予想出来ていなかった。そこは浅はかだったと後悔する。

それは、言葉の流通力が格段に上がった事で"歌"の必要性が恐ろしく低下した事だ。私はこの日記でもずっとそう書いている。「言いたい事があればBlogに書けばいい。歌詞にして歌う必要はない」と。実際、歌に励まされる人というのは居なくはなっていないものの、随分減ったように感じる。人が減った、というのと、1人の人の中で歌の役割が減った、というのと両方あるだろうかな。

どこの誰だか知らない人が、不特定多数に向けたメッセージよりも、友達から来るメール一通の方がずっと効く。それが日常になった。

この変化は、直接には商業音楽の衰退には繋がらない。もう少しもってまわっている。90年代に、特に日本で商業音楽が隆盛を極めたのは、歌という文化が人間関係の中でシグナルなステイタスとして機能したからだ。この点はとても重要で。例えば漫画家の尾田栄一郎は、自身の作品について「例えば見知らぬ土地に引っ越しても、同じ漫画を読んでいれば共通の話題がみつかる。すぐ友達ができる。」という利点を強調していた。90年代の歌にはそういう機能があった。

00年代に入り、歌のそういった機能はインターネットにとって代わられる。10年代はその中でもとりわけゲームとSNS、そして両者を跨いだコミュニケーション・ツール(LINEとかな)が発達し、ますます歌は単独でのメッセージ性を失い、ステイタスとシグナリング・ロールを担えなくなりつつある。

音楽自体は溢れている。ゲーム音楽、アニメやドラマの主題歌、握手券投票券の付録など、付帯物・付随物としての音楽は廃れる気配が無い。しかし、主役としての顔を維持出来ているのは、音楽ファンに対してのみであろう。今は何かの歌を通して自らのキャラクターをシグナリングする必要がなくなったのだから。

その状況と、00年代以降邦楽に"応援歌"が増えた事とは無縁ではない。わかりやすくいえば、個人の心情や心象の表現としての詞より、あからさまに「他者に伝えるメッセージ」を意識して歌を唄うようになった。「ありがとう」と「がんばろう」が若い子たちの歌に溢れた。歌の役割が、個のアイデンティティに寄り添うより、もっと社会的な、誰にでもあてはまる内容へとシフトしたのは、歌にシグナリングの役割を託しづらくなってきていたからだ。アイデンティティの吐露が出来ないという歌のアイデンティティ・クライシスが、応援歌の増殖という表層として顕現したのである。

宇多田ヒカルは、世代的にも最後の「歌がパーソナリティに寄り添う」邦楽歌を歌った人だった。だからこそ、応援歌が増殖した00年代の半ば、2006年に「巷に溢れる応援歌のパロディ・ソング」としてKeep Tryin'を発表したのである。

この歌の歌詞の特徴は、最終的には他者を応援する展開になるまでに、ひとりの個としての自問自答を繰り返す事にある。そこらへんの話からまた次回、かな。そう、まだまだULTRA BLUEの歌詞の話の続きなんですよ。BLUEとかにもたぶんまた戻るからね〜w