無意識日記々

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お誕生日おめでとう、Hikaru

オフ会に出て毎年のようにチェックしているが、今年もやっぱり「"Flavor Of Life"からファンになりました」という人は居なかった。だからFlavor Of Lifeはダメなんだ、という訳では勿論なく、ただそれぞれの楽曲の役割が異なるというだけだ。

実際、FoLがなければHikaruのキャリアは全く異なったものになっていただろう。毎度"中興の祖"という言い方をするが、形式は何であれあのFirst Loveの売上枚数を超える数字がメディアで取り上げられたというインパクトには想像以上のものがある。あれがなければ、果たして宇多田ヒカルという看板は今のような"現役感"をもって受け止められていただろうか。もう8年も前の話になるけれど、例えばサザンオールスターズに、もう14年前になるけれども、"TSUNAMI"というヒット曲があったかなかったかを考えれば、こういう事例は10年単位の影響を与える話だというのがなんとなく伝わるのではないか。

FoLは、つまり、宇多田ヒカルという看板がメディアで取り上げられる機会そのものを増やしたのだ。それがなければそもそもファンになってもらおうにも出会う機会が減る。実際にはEVAやKHでファンになったという人も、その図抜けたネームバリューに助けられているのだ。

となると、変な話だが、次のヒカルの新曲がたとえ国民的なヒットになったとしても、オフ会に来るような熱心なファンは直接は増えない。そこから第二波として、光やPassionやBeautiful Worldといった楽曲が送り込まれて初めてそこらへんの層が厚くなる、という流れが"本当にありそうなこと"なのだ。

今日でHikaruは32歳になる訳だが、言い方は悪いが、28〜31歳という、ミュージシャンとして最も活動的になるであろうこの時期を棒に振ってまで手に入れたいと思ったものは、本当に手に入ったのだろうか。結婚して幸せな家庭を築けているのだろうか。大きなお世話と言われてしまえばそれまでだが、この4年のお陰でFoLによって築き上げられた"貯金"はかなり使い果たした感がある。スタッフが必死に"現役感"を繋ぎ止めてくれているが、それにも限界があるだろう。これ以上"休む"と、ミュージシャンとしての扱われ方自体が変化していく可能性もある。

逆からいえば、ここを読んでいるようなファンにとってみれば、殆ど影響は無いかもしれない。割合に多少の変化はあるとはいえ、現役感にこだわらずいいものを見極められる若いファンは相変わらず新しく入ってきてくれるだろう。そもそもYoutube等で幾らでも聴ける名曲たちに色褪せ云々という話は関係がない。そう考えると、いい時代になったともいえるし、諦めがよくなりすぎてよくない、ともいえる。どちらにとるかはその人次第だ。

後は、ライブである。そこの満足度と後続への伝播については、稿を改めて。