えらく古い話で恐縮だがその昔TM NETWORKというバンドが「DRESS」というアルバムでチャートの1位をとった。1989年の話である。
内容はというと既存曲をリミックスして一枚のアルバムに仕立て上げた今でいえば"リミックス・ベスト"な作品だった。すぐ2年前の1987年に普通のベスト・アルバムを出したばっかりだったからそのタイミングも吃驚だったが、更にそれより遥かに売れてしまった事に更に驚いた。つまり当時彼らを取り巻く環境がたった2年で激変したという事なのだがファンとしてはこの変則ベストでTMがトップ・アーティストの仲間入りを果たしたのが何とも彼ららしいというか斬新だなと思ったものだ。
普通こういった企画盤は地味にプロモーションされる(趣旨は随分違うが、普段のヒカルのアルバムと「宇多田ヒカルのうた」アルバムのプロモーションの規模の違いを思い出そう)のだが、彼らは全く真逆をいった。立て続けにシングルを3枚リリースしたのだ。総てかつてシングルとしてリリースした事のある曲を、今度はリミックス・バージョンで…ってそうそう、彼らは(というより小室哲哉は)その26年前の企画を「リプロダクション・アルバム」と呼んでいたんだったな。まだ当時リミックスという言葉ですら定着していなかった時期に「リミックスじゃもうありきたりだよ」とばかりに(実際彼らは数々の名リミックスを既に連発していた)異なったコンセプトを打ち出した。その、「リプロダクション・シングル」をオリジナルよりも更に上位に進出させながらアルバム「DRESS」を1位に持っていったのである。なんともまぁ斬新な企画とプロモーションだった。
その戦略が当たったのは、1987〜89年の間に彼らの知名度が飛躍的に上がった事をしっかりと把握していた事に尽きる。新しく入ってきたファンに過去の代表曲を紹介しつつ、更に従来のファンにリミックスを超えるリプロダクションというニュー・コンセプトを提示してただのベストアルバムの乱発から距離を置いた。
当時のファンで「DRESS」を「もう持ってる曲ばっかだからいいや」とスルーしたファンは殆ど居なかったのではないか。
ベスト盤、或いは既存曲のコンピレーション盤をリリースする場合でも、このようにアイデア次第ではアーティストの歴史を変える突破口になり得る。既存のアイデアにとどまらない新鮮さをいかに提示できるか。それにかかっている。
「Utada Hikaru Single Collection Vol.2」の発売から今日で5年経つ。5年か。最近の邦楽のサイクルだとここらへんで「Vol.3」が発売されてもおかしくはないが、勿論ヒカルの場合1曲しかないので出る訳がない。しかし、ここまで来ると新しい世代にもう一度過去の名曲を見直して貰う機会を作りたくなってくる。一年前の「宇多田ヒカルのうた」アルバムはその点において非常に優れた企画だったが、更にもうひとまわりスケール・アップした過去曲プロジェクトもそろそろ必要になってくる、かもしれない。「DRESS」の話をしたのは、既存曲主体のプロジェクトであってもタイミングとアイデア次第ではオリジナル・アルバムよりも盛り上がる実例があった事を示したかったからだ。流石に同じ急上昇気流の中に宇多田ヒカルが巻き込まれる可能性は薄いが、新作を盛り上げる為にも、過去の遺産をどう使うか、今一度考えてみて欲しいものである。