無意識日記々

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『花束を君に』

花束を君に

ヒカルの新曲(のうちのひとつ)のタイトルだ。

機先を制しておくぞ。このタイトルは、それ単独では別にそこまで素晴らしくはない。いや、ヒカルの曲名には素っ気ないものも少なくない。First Love, COLORS, Letters, BLUE, traveling, などなど。SAKURAドロップスなどは工夫したなと思わせたし、桜流しなんかはへぇそういう言葉があるのねと思わせたのでややフックのあるタイトルだったと言えるが、タイトル単独で魅力的といえるものは少ない。Movin' On Without YouとかKremlin Duskみたいに、タイトルだけでイマジネーションを掻き立てる曲は少数派だ。

思い出してもみてごらんよ、オールド・ファンたち。最初に歌のタイトルが『Automatic』だと知った時、どんな反応をした? 「オートマチック? 車の話? マニュアルじゃなくて?』みたいな事言った人居るんじゃない? 私自身そうだったが、この歌をずっと聴いてるうちに『Automatic』という単語の意味が変わっていったのだ。今や、「嗚呼、拳を4回突き上げようか」の合図ですらあるぞい。

斯様に、ヒカルの曲のタイトルが魅力的に響くのは、曲自体の魅力が先にあるからだ。その事を忘れてはいけない。


なのに。
そうである筈なのに。
花束を君に』と言われた途端、「なんて素敵なタイトルだ!」と思った人が沢山居た。いや、居た筈だ。特にここの読者には多いと思う。この5文字を見た瞬間に湧き上がったあの「……うわわわわわぁ〜っ!」というあの感じ。心が暖かく膨らんでいくあの感じ。もう一度繰り返そう。タイトルとしては大した事ないぞこれ。Superflyの「愛をこめて花束を」の方がよっぽどフックが利いている。なのに、なのになのだ。

僕らはそれだけ、ヒカルからの言葉を浴びてきたのだ。敢えて言おう。このタイトルを目にし耳にした瞬間、「名曲!」と確信したでしょそこのあなた。そうなのです、このタイトルを気に入った人はこの曲を気に入るという確信が僕には既にある。

シンプルな言葉のタイトルをつけて曲を書き聞かせ、その言葉の意味を変容させる。私にとって『Passion』という言葉のイメージは2005年12月2日を境に一変した。他の言葉もそうだ。我々はそうやってこの17年余り、ヒカルの言葉のセンスと曲の感じの結びつきについて大いに学び取りながら生きてきた。

だからわかるのだ。宇多田ヒカルが『花束を君に』と歌った時に、心に何を齎してくれるかを。今はまだカタチがないからぼやけたイメージしかないけれど、この歌は必ずやそこに飛び込んでくる。言わば、我々はこのたった5文字を通してこの曲を「既に知っている」のである。嗚呼。

だから素敵に響く。三度び言おう。大したタイトルではない。しかし、ヒカルの言葉と音楽の歴史が、それらと共に生きてきた僕らの記憶と思い出が、この5文字に輝きを与える。そしてそれは、明らかに私たちを導いている。曲の名前をつけるのは我が子に名前をつけるようなものだ。我が子に名前をつけたばかり(もうすぐ一歳だけどなっ)のヒカルが、名付けで疎かな事をする筈がない。真心が籠もっている。


まだピンと来てない人も勿論居るだろう。大丈夫。曲を聴いたらこの5文字はきっと輝き始めるから。「Automatic」という"日本語"の意味を変えた人の作った歌のタイトルだ。魅力と魔力に溢れているに決まっているではないか。でしょ?