無意識日記々

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「わけがわからないよ」

世の中の言葉の変化に翻弄されるだけでなく、逆に世の中の言葉を「変える」力を持ってるのも流行歌を歌う音楽家の特徴で。

ヒカルの場合はそれがデビュー曲の『Automatic』だったんだな。これは「変えた」というより「割って入った」という方が適切かもしれない。それまでは“Automatic/オートマチック”といえば自動車の「マニュアル/オートマ」の文脈くらいでしか使われなかったがこれをその時代の若い世代のラブソングのタイトルとして浸透させたのは凄かった。(っていう文章を過去何度読んだ/書いたことか…)

つくづく、変なタイトルだ。「自動的」という、機械に使うような単語である。或いは人間に使う場合は「無意識的」という当日記にとって大変美味しい訳語が手に入る事もあるが、残念ながらこれは「無意識日記」の本来の定義からは外れている。「意図したわけではないけれど結果的に日記になった」というのが本来の主旨であり、意図の有無或いは方向性の無自覚についての無意識であって書く事自体は全く自動でも何でもない。自動書記ならオートマチックかもしれないけどそれとは違うからねぇ。

そんなタイトルでデビューしてきたというのは度胸があるというか何というか。そもそものデビュー曲第1候補だった『time will tellからしてチャレンジングだ。何しろ「時間がたてばわかる」という歌詞を、ミュージシャンとして最も時間のたってないデビューというタイミングで歌ったのだから! こんな凄い「自信満々宣言」あるだろうか。当然1998年12月9日の時点では直後の大ヒットは想像もつかなかった筈だし。「10年かけて100万枚売る」とかなんとか言ってたらしいからね当初。それでもその才能は、ヒカル自身は勿論三宅さんや沖田さんや梶さんも疑わなかった。親バカ2人は言うまでも無い。(褒め言葉!)

そこに輪を掛けての『Automatic』である。『time will tell』と併せると

time will tell automatically”

になる。「時間がたてば自動的にわかる」。日本語としての自然さを優先して訳すなら

「時間がたてば自然にわかるよ」

とでもなるだろうか。誰に強制されるでもなく、宇多田ヒカルの真価というのは自然に浸透していくでしょう、というのがデビュー両A面シングル2曲のタイトルで示唆されていたかのようで何とも象徴的である。

time will tell』は英語だけならまだしも歌詞にダイレクトに『時間がたてばわかる』という文言が入っているのが特徴的だが、そういえば『Automatic』の方も冒頭のヴァース部分でまず

『名前を言わなくても

 声ですぐ分かってくれる』

という一節が出てくる。『わかってくれる』。デビュー曲2曲共に「わかる」という単語が重要な役割を果たしているのはきっと偶然ではない。後に『誤解されると張り裂けそうさ』と『For You』で切々と歌うことなどからもわかるとおり、ヒカルは「わかる」という言葉に格段の価値を置いている。だからこそ、その理知的な価値観を越えてくる恋愛感情の機微を歌うのが得意だともいえ、それは『Automatic』に始まり『time will tell』を中心に据えた1stアルバム『First Love』のラストを飾る曲のタイトルが『Give Me A Reason』/「わけをくれ」という名で、その最後の曲の更に最後に『ホントはわけなんていらない』と言い放ってアルバムの幕を引くという全体の構成からも明らかだ。「わけがわかる」ことと「恋」を行ったり来たりしてこの作品が成立していると言っても過言ではない。

そうして24年の時間が経って、我々はますますヒカルの成長と進化の真価の程に驚かされるばかりで、いつも新しい曲が発表される度に「わけがわからないよ!」と戸惑わされているのでして…流石嘗てプロフィールの特技欄に『惑わすこと』と書いてた人だけのことはあるわね!