無意識日記々

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長いだけで何の身もないUtada話。

『This Is The One』は何故悉くスルーされるのだろう?という話題はもう書き飽きていたのだが、ふと気がついた。もしかしてみんな、このアルバムのせいでUtadaがユニバーサルとの契約を切られたと思っているんじゃないの? それで気を遣ってあまり触れないようにしてるんじゃ? でも多分それは違うんじゃないかな、というのが今回の話。

根拠となりそうなのは、2010年にリリースされたあの悪名高き(勿論私は買った)『Utada The Best』の存在だ。ちょっと説明を試みてみよう。


レコード契約というものは、個々のアーティストによってそのパターンは多岐に渡る。時代や地域によっても異なる。まずは極々一般論から入ろう。最初、レコード会社は何枚分フルアルバムを出しましょう、その枚数分の契約金はこの額ですよと契約を結ぶ。日本は伝統的に枚数だけではなく、「12ヶ月間のうちに1枚」という風に期限が区切られていたりする(今はどうなんだろう?)。兎も角、ミュージシャンは最初の契約に従って支払われた金額分の枚数のアルバムを商品マテリアルとして提供する義務を負う。

ここで解釈が二通りに別れる点は明記しておかねばならない。

まず、Utadaはユニバーサルのアイランド・レーベルと最初から3枚契約を結んでいた、という解釈。これだと、Hikaruにとって『Utada The Best』の発売は契約上の義務、となる。

ちょっと話を整理しておくか。大抵の場合アルバム発売契約は、その中身を問わない事が多い。つまり、フルアルバムの体裁さえ整えていれば、中身が既発音源ばかりでも構わない。だから、俗にいう“契約消化”の為のマテリアルはベスト・アルバムだったり、ライブ・アルバムだったり、B面曲やデモ音源の寄せ集めだったりする。必ずしも全部が新曲のフルアルバムを用意する必要はない。

『EXODUS』と『This Is The One』をリリースしていたUtadaが仮に3枚契約であったとして、Hikaruがニューアルバムを制作する意志がない(人間活動に入りアーティスト活動が休止)場合には、既存のマテリアルを使って"契約消化の義務"を果たす事になる。それが『Utada The Best』であったと。Hikaruは同作についてネガティブな態度を隠さなかったが、リリース自体を拒否していた訳ではない事に注意。「SCv2と同日発売は紛らわしいからせめて日をズラしてくれ」と言ったのだ。


もう一方の解釈は、元々契約が2枚だった場合である。こっちだとHikaruは『EXODUS』と『This Is The One』の2枚のアルバムを出しているので"契約満了"状態にある。そこから契約を更新せずアーティスト活動休止期間に入るのはHikaruの自由だ。ユニバーサルに対して最早何の義務もない。

この場合でもユニバーサルは『Utada The Best』をリリースする事は出来る。『EXODUS』と『This Is The One』に関しては、原盤権がユニバーサルにあったからだ(あクマで当時の話。以降ヒカルが買い取っているかもわからない)。原盤権というのは要するに音が録音されたマスターテープを自由に使える権利の事だ。抽象的な"楽曲"に関する権利、いわゆる著作権は作者であるUtada Hikaruのものだが、それを実際に演奏して録音したマスターテープをどう使うかの権利はレコード会社にある。ユニバーサルはその権利を行使して『Utada The Best』をリリースした、というのが2つめの解釈である。アーティストとは無関係にレコード会社が勝手にやったこと、というありがちなヤツですね。


しかし、この2つの解釈のいずれを採用しても、「Utadaは『This Is The One』でユニバーサルとの契約を切られた」という結論は出てこない、というのはおわかりだろうか。

もしUtadaが本来3枚以上の契約があったのに『This Is The One』の売上が不振だった為に途中で契約を破棄されたとしたら、『Utada The Best』をリリースする動機が途端に見えなくなるのだ。普通、レコード会社の意志で契約を破棄する場合、損して得とれではないですが、次作の制作資金を投入しても回収できる見込みはない、赤字が益々拡大するだけ、という計算がはたらいているものだ。契約内容にもよるが、違約金を払ってでも契約を途中で切った方が全体としてのメリットが大きい、というのなら契約を切るだろう。

もしUtadaがユニバーサルと3枚以上契約していたというのなら、『This Is The One』をリリースした後に契約を切ってその上で『Utada The Best』をリリースする意味がわからない。破棄せずに普通に3枚目のアルバムとしてリリースすればいいだけである。契約履行の義務であるから何の問題もない。損せず得とるだけである。

勿論2枚で契約満了だっ場合も同じ事だ。説明は省略する。

結局、Utadaは『This Is The One』で契約を切られた、というセンは『Utada The Best』がリリースされている以上有り得ない、という事だ。契約を更新しなかったのだからユニバーサルはUtadaを見限ったのだとも言えるんじゃないかという反論も可能は可能だが、関係が終わった直後に当時はライバルだったEMIが即座に世界契約を結ぶような評価をされているアーティストを要らないだなんていうのも、ちょっと無理があるんじゃないかねぇ。

結局、なんだろう、『This Is The One』が日本で他のアルバムほど売れなかったから印象が薄いってだけなんだろうね。ラジオのオンエア、iTunes Store USA総合チャートの順位、YouTubeでの視聴回数、ライブツアーでの集客力、いずれの数字をとっても“順当な成功”といえるものだが、総て海外でのデータだ。自分のように教えてもらったリズミック・チャートでのオンエア回数を毎週チェックしていた人間なら、『Come Back To Me』がアメリカでスマッシュ・ヒットしていた事を否定するのは難しい。勿論、「宇多田ヒカルのビッグネームぶりと比較すれば物足りない」とはいえるのだけど、だったらiTunes Store USAで2位や3位に入ったくらいで何を言っているのだという気持ちになるですよ。ヒカルの実力からすればアデル並の数字を残してやっとスタートラインだ。彼女の天才を見くびるなよ?