無意識日記々

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made in ... ?

アジア選手権と韓国オープンから帰ってきた選手にファンの出迎えとか記者会見とか…時代が変わり過ぎてついていけないぜ(*_*) 昔は結果だけを伝えるマッチ箱サイズ、いや切手数枚サイズの記事を新聞で見つけるのすら苦労したというのに。遠い目。たった20年前はBSを合わせてもテレビでの試合放映時間が年間3〜4時間の年もあったというのに…ってこの話前もしたな。

この20年というのは誠に変な期間で。インターネットの普及を成長率に変換できなかった唯一の先進国、というイメージが日本についた。不思議なような、当然のような。若い人には想像もつかないかもしれないが、20世紀の日本の大人たちはパソコンとパソコン通信というものを小馬鹿にしてまともに取り合っていなかった。勿論我々70年代生まれくらいになってくると80年代の時点で「パソコン通信が進化すれば遠くの友達ともゲーム(例えば将棋とか)で対戦ができる!」と盛り上がっていたのだが、予算執行権限をもつ世代ではマイノリティであるばかりかオタクだなんだと言われてバカにされた。したがって、今の先進国から脱落しつつあるこの国をみても「そらそうだろ」という気分にしかならない。勿論2010年代以降ともなれば話は違うのだが、東日本の地震が出鼻を挫いた。まぁそんな話はいいかしらん。

先進国、か。たぶん駄目だろうな、とは随分昔から感じていた。アジアの隣国を下に見る発言が増えていたからだ。自分の目にはそれは80年代にアメリカ人が日本人の事をジャップだイエローモンキーだと蔑んでいた姿とダブった。本当に差がついていたら、視界にも眼中にも入らず従ってそれについての発言もしない。アメリカ人たちが日本人たちを見下す発言が増えたのは即ちアメリカが「Made in Japan」に席巻されつつあったからだ。危機感の表れである。

今の日本にも「Made in 日本以外」は溢れ返っている。それによって職を奪われた人たちが恨むのは当然といえば当然で、恨み節のひとつも吐きたくなるのは人情だろう。最初は「安かろう悪かろう」だったからプライドが傷つく事もなかったが、いよいよ品質が上がってきた昨今ではもうそれも言えなくなるだろう。

7年前の2010年に「Made in Japanだ」と言って誇らしげにWILD LIFEのグッズを売っていたが、自分の勝手な実感としてはもうその時点でギリギリだったように感じていた。今同じ事が宣伝文句として使えるだろうか。こちらとしては最初っからブランディングは国単位より個人単位にするべきだと思っていたので、昨今のように普通のスーパーの軒先でも個々人のブランドで野菜や肉を売っている様子をみるにつけ、そっちの方向にしっかり進んでいるなぁと感慨深いが、全体の趨勢としてはまだまだ「Made In Japan」のブランドの方が個人ブランドより遥かに威力があるだろうな。

どうせ「Made In Japan」を謳うなら、海外のツアーの時のマーチャンダイジング(グッズ販売ね)で大々的に喧伝してみて貰いたい。果たして皆その高額に見合うだけの価値を感じて貰えるだろうか。横浜一ヶ所で「Made In Japan」を謳っても滑稽なだけかもしれないが、国と国の境を超えていくならまだまだ面白いだろう。その時になったら、でも、時代は更に進んでて状況が変わってるかもしれないけどね。