無意識日記々

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易しくて優しい歌

『First Love (Live 2023)』の特徴は、ひたすら「盛り上げない」ことに尽きる。オリジナルのスタジオ・バージョンが王道のラブ・バラードらしいダイナミズムを持っている事を考えるともう真逆と言っていいほどに。

歌のキーを下げ、最少に近い素朴な編成を擁して音数を抑えたアレンジでずっと曲が進むのだからそれはそうなのだが、何よりヒカルが意識的に「抑えよう」としているのが効いている。

例えば2番のBメロ(『あなたを想ってるんだろう』)の後のアドリブ、スタジオ盤では『yeah-y yeah-y yeah』と上昇音で雰囲気を一気に加速させるが、今回の『(Live 2023)』では『nh- nhhhh -nh』と静かに降下させている。抑えようという意識の顕れだろう。

また、2番のサビが終わった後にキーを上げて大サビに突入し更に盛り上げていくのが『First Love』の曲構成上の醍醐味なのだが、この『(Live 2023)』ではキーを変えずに淡々と同じメロディを繰り返すのみに留まる。その間、バックの音数/密度も殆ど変わらない。淡々としたまま曲が終わる。

しかし、だからこそ聴き易くて、優しい。耳にも、心にも。『DISTANCE』から『FINAL DISTANCE』が生まれた時に顕著になったが、リスナーには「重くていいからどんどん感動させて欲しい」という人もいれば「さらりと味わわせて欲しい」という人もいる。後者の場合『DISTANCE』の方が好きだし、『Flavor Of Life』もバラード・バージョンよりレモンのような爽やかさが特徴のオリジナル・バージョンの方が好きだろう。あら今日は『Flavor Of Life』CD発売16周年ね。めでたいな。それはさておき。

『First Love (Live 2023)』も、似たような傾向になるんじゃないか。ダイナミックさに欠けるからと物足りないと思う人も居れば、いやこれくらいが聴きやすくていいのよ、という人もいるだろう。だから出来れば今回は、『First Love』を「王道のバラード過ぎてToo Muchだ」と思ってきた人にこそ聴いて欲しい、というのはある。

実際、あたしはどちらも好物なのだが、こうサラリと最高良質なメロディと絶品の歌唱力を味わえるというのはなんとも嬉しい。すぐに何度もプレイボタンを押せる気軽さはオリジナル版にはあんまりなかったな。なんというか、「立ち食いフレンチ」みたいな感じ? ふらっと何気なく立ち寄れるのに味は凄く高質で美味しい、みたいな。そんな業態あるのかどうか知らんけども。

昨年末にNetflixドラマ『First Love 初恋』が大ヒットし、EPIC/SONYからも『(2022 Mix)』や『(Dolby Atmos Version)』や『(A cappella Version)』が発売され、これでもかと『First Love』の“感動喚起力”を思い知らされてきていたところに届けられたこのニューアレンジは、ともすると“感動疲れ”になりかねなかった宇多田ヒカルリスナーに齎された一服の清涼剤という気がするが、ほぼメロディを変えることのない同じ曲を使ってそれをしてくるっていやなんという音楽家としての力量なのかと。

それに、リスナーとして歳を取ってくると(?)こういう「抑えられたが故の味わい」の方がより泣けてきたりするから困ったものだ。確かにオリジナル版に較べれば地味なバージョンだがその分滋味溢れるテイクになっているんですよ─という決まり文句(単なる駄洒落ですがっ)を使うならここしかないですよねっ!