無意識日記々

mirroring of http://blog.goo.ne.jp/unconsciousnessdiary

実は前からインスタアカウントを持っていたので

取り敢えずついさっきスレッズにログインしてみたけど、特に新鮮さは感じなかったのでまだ何もせず。まぁこれからなんでしょうね。そもそもInstagramも見る専でアカウント作っただけなので一件も投稿してなかったからねぇ。アイコンはいつものやつなのでわかるかな。

そもそもねぇ(なおこの「そもそも」の根が深い)、あたしゃ「TwitterSNS化」からして不服だったのよ(ほら根深いでしょ…)。本来のコンセプトは「独り言の集積」だった筈なのに、いつのまに人との会話がメインになったのだ? いやわかりきってるんだけどね。リプライを導入してからですわね。

「独り言の集積」の何が魅力って「前向きになれること」なのよ。人と人が繋がってあれやこれやと話題を重ねていくと、大きく注目されていくのは結局不幸な話題ばかりでね。ニュース番組をみればわかるが、楽しい話題ってわざとらしくコーナーを作らないと出てこれないのよね。より多くの人の関心事となると「悪いこと」だらけになっていく。人が「良いこと」と思えるもの、幸せを感じられるものは人夫々千差万別なんだけど、「悪いこと」、不幸を感じられる事は大体一緒だからねぇ。病気が流行ってます、地震が起きました、暑さで人が倒れてます…こういうニュースの前には「宇多田ヒカルが新曲を出します」程度の「いいニュース」では太刀打ち出来ない。これは「みんなの関心事」にみんなで群がるとどうしても起こってしまうことだ。

しかしこれが「独り言」だったらどうだろうか。「他の人は関係ないけど、今日は私にとってこういう“いいこと”があった」というのを何気なく呟ける空間があったら、全く空気が違う。確かに、ひとつひとつの話題はバラバラで我々人一人は興味を惹かれないどころか何を言ってるかわからなかったりするのだが、その集積はとても前向きな空気を生むはずだ。生むはずだったのだ。

残念ながらTwitterは途中からリプライを導入してSNS化していったが、こればっかりは「当初のコンセプトが時代を先取りし過ぎていた」のだと自分を納得させることにした。まだ世のニーズはそこまでいっていなかった。初期Twitterは早過ぎたのだ(腐ってはやがらない)。ふむ、ちょっと悔しかった。

なお、Twitter上でもちゃんと探せば「和める空間」「前向きになれる集まり」はあるんだけど、まぁバズれないよね。そりゃしゃーない。

で。今Twitterが混迷を極めてるのはユーザーのことを見てないからなんだけど、かといってメタ社のスレッズがこれからどうなるかも未知数だし、そもそもSNSってものはどうなんだというとこから懐疑的な私のような人間にとっては、過激派になるかもしれないが、最初期のリプライのないTwitterを追随するサービスが出てくるまでは

、そんなにテンションは変わりそうにないのですわ。

勿論、@kuma_powerがスレッズを使い始めた瞬間にテンションは爆上げになるんですけどね!(笑)

それもでもね、この10年の「twitterで@utadahikaruが新しく呟いたよ!」のお報せを受けたときのテンションの上がり方とおんなじ、ってだけなんですがね。

そうねぇ、スレッズ、今ある画像の窓でそのままインスタライブが観れるようになったら、圧勝する気がするけどねぇ。スレッズ立ち上げたらもうヒカルさんが喋って歌ってるのなら「スレッズしか勝たん」って言い切っていい気がするけど、ま、そうなったりするまではひたすら様子見ですわねこれは。