無意識日記々

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お祝花回顧その1

昨晩、「Hikkiに送ったお花の話」がTwitter上で展開されていたのでそのまとめを。ツイートだと字数が足りなかったからね。

自分が関わった2005年以降の話をしよう。当時インターネットのファンの交流は掲示板というツールを使って行われていた、BBS、Bulletting Board Systemというヤツで、誰でも投稿できる時系列順メッセージ表示ページだったのだが使った事が無い人にはよくわからないか。兎に角そういった掲示板が複数乱立しており、その中で特に目立っていた&アクセス数が多かったのが、一度に一万字を投稿できてしまうというややこしい議論向きの「宇多田共和国」と、Teacup BBSという速報性に向いた(投稿通知メール設定が可能な)「New Hikki's World」だった。

特質の違いのため双方に投稿するひとも多く、また管理人同士も知り合いになった為、必然的に兄弟サイトのような見方をされるようになる。よって、当時放送されていたお昼のバラエティ番組「森田一義アワー笑っていいとも」のマンツーマントークコーナー「テレホンショッキング」にヒカルが出演する際お祝いの花輪を送ろうとなった時に「宇多田共和国」と「New Hikki's World」の連名になったのも必然的な流れだった。

トーク番組に花輪を送る」というのは番組を観たことのない人にはピンと来ない話かもしれないが、お昼の生放送だった為番組中に取り上げられたり読まれたり映っていたりすると宣伝効果が発生していた為、現在放送中のドラマに出ている役者さんや新曲リリースした歌手なんかにとってはいい場所だったのだ。本来は、これが「次回のゲストを今回のゲストが紹介する」という前代未聞のリレー形式なトークコーナーだった為、合い言葉が「世界に拡げようともだちの輪!」だったこともあり、出演者のおともだちが花輪を送るようになったというのが由来だったと思うんだが、その意義も次第に形式的になって薄れていった。

そんな風にして「なんでもあり」な雰囲気の花輪掲出になった為、番組にファンサイトから花輪を送っても大丈夫だったといえる。(ほんまか?) 実際、手続きとしては花屋さんに「スタジオアルタにこのお花を届けて下さい」と頼むだけなので、業界関係者でなくても可能だった。勿論それ相応の費用が必要なのでイタズラ目的ではなかなか出来ないし、また本人に関係ない花輪はテレビに映らない為徒労に終わるのが基本だったのです。

しかし! 恐ろしいことに2005年11月18日に同コーナーにヒカルが出演した時、何故かその「宇多田共和国&New Hikki's World」連名の花輪が最も目立つステージセンターに飾られていたのだ! タモさんも流石に触れぬ訳にはいかずヒカルに花輪の存在を促すとヒカルも

『お! ファンのサイトですね!』

と反応を見せるに至った。花輪を送ろうと東奔西走した担当者が感涙に咽んだ事は想像に難くない。

今思うと、ヒカルの直接の友人やレコード会社やらを差し置いてなぜあんな最高のポジションに置いて貰えたのかサッパリわからないのだが、誰の意図であったとしても、「宇多田ヒカルはファンを大切にしています」というメッセージをそこに込めてくれたということだと解釈している。他の誰をセンターに持ってきても角が立つところにファンサイトが─しかも連名だったというのも大きかったのだろう(個人の売名とかではなかった訳だ)─センターに飾るに相応しい立派なサイズの花輪を送ってきた。これはもう渡りに船だったんじゃないかなと推測する。勿論、我々を喜ばせてくれる気満々だったのかもしれない。選定に照實さんや梶さんが加わっていてくれてたらね。彼らは本当にファンによくしてくれるから。誰ひとりファンクラブ会員でもないのにな!(笑) そんなあれやこれやが重なって、ヒカルがファンサイトを認知している事を全国ネットの高視聴率番組で言及してくれたのだから、そら宇多田共和国の名前はずっと残していこうと思いましたですよ、えぇ。今はTwitterだけだけど、細々と名前を使わせて貰っている大きな理由の一つなんですこれは。えぇ。