無意識日記々

mirroring of unconsciousnessdiary

「スネアの切なさ」の「スネア」と「切なさ」


病み上がりとはいえ自分でもリズムを気にし過ぎだなとは思うんだけど、リズムって究極的には呼吸と脈拍なので、そのどちらも乱れてる病んでる時期ってのは律動が難しいといいますか、そういう悩みから暫くの間離れていたいというのが安らぐ音楽を求める動機といいますか。理屈っぽいけどそういうことなのよね。



改めて、ヒカルの曲作りにはどんな曲調でもリズムが重要なんだと再認識したし、特に初期の楽曲には、Digital PerformerやらLogicやらにプリセットされたリズムループをまず鳴らしてみてそれを弄ったりそこにコードやメロディを当てながら曲を作ってたんだなという景色が見えたような気がして(発熱による幻覚ですかねぇ?)、つくづく「スネアの切なさ」という、無意識日記中最頻出にして最重要なキーワードを噛み締め直したりもして。


でも、ですよ。SFツアー公演ではこのスネア(リズム楽器、リズム隊の演奏の意)が切なくなかったのよね。特にその「スネアの切なさ」の本領が作曲面で発揮された『time will tell』『In My Room』『For You』『DISTANCE』といった楽曲たちが骨太なリズム隊によって再構築・最解釈されていて、ライブで踊れる・燥げる曲目として演奏/歌唱されていて、メロディの切なさを味わう場面は、なくなったわけじゃないけど主役を譲っていたなという印象で。


象徴的なのは『DISTANCE』。そもそもこの曲もオーソドックスなリズムループに端を発した楽曲であるように思われるのだけど、出来上がって上に載せられたメロディが、抜かれたリズムに取って代わって楽曲の背骨を構成して壮大なバラード『FINAL DISTANCE』が生み出されたのね。この手法はその後の『Flavor Of Life -Ballad Version-』や『Gold 〜また逢う日まで〜』なんかにも援用されていくわけだ。


一方、『DISTANCE』のリミックスである『DISTANCE (m-flo remix)』は、元々はその名の通りm-floのTAKUさんがクリエイトしたトラックだ。いや、だった、になったのかな今回ヒカルが自分のライブで歌った事で。いや勿論TAKUさんが作ったトラックである事実にはなんの揺らぎもないのだけど、これに加えて今度は「ヒカルの楽曲」としても扱われるようになったと言っていい。ライブで原作者が歌うってそういうことだと思うのよ。そして、何度も論じてきたように、このリミックスは「ライブで踊れる」のが主軸となったフレッシュなサウンドをナマで聴かせてくれたのだ。


つまり、お馴染み「スネアの切なさ」から生まれた『DISTANCE』は、その「スネアの切なさ」から「スネア」を抜くことで「切なさ」を目一杯に満たした『FINAL DISTANCE』を生み、同じくその「スネアの切なさ」から「切なさ」を抜いて「スネア」(打楽器、リズム楽器ってことっすね)を強調したのが『DISTANCE (m-flo remix) [Live 2024] 』だという構図が今年出来上がったと、そうみてるですのよ私は。


この、「スネアの切なさ」から「切なさ」の方を後から抜く手法が、ライブコンサートだったからなのか、それとも今後のスタジオワークにも活かされていくものなのか。そこらへんが今後のヒカルの活動の注目点として湧き上がってきそうな気がしています。まぁ今はヒカルはゆっくり休んでくれててもいいけれど、SF映像商品の最終チェックが終わる頃にはムズムズし始めてるかもしれない。新しい時代のムズムズ通信、期待していますぜっ。