無意識日記々

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If you give it another chance

普通、Demo Versionというのは、取り敢えずコード進行とリズム・パターンが決まったから歌を乗せてみる為のガイド・トラックを打ち込んでみましょう、という感じで制作されるもので、当然ながら完成品と較べれば荒削りで練り不足、細部の詰めが甘く表情も装飾も乏しい、というのが通例になっている。というかデモというのはそういうもんだ。

しかし、私の耳にはこのAnother ChanceのDemo Versionに関しては、完成品より「こっちの方がいいんじゃないの?」という風に聞こえた。要するに好みの問題なんだけど、15年越しに私にとって「よりよいアレンジのバージョン」が聞けるというのは結構得した気分である。

元々、Another Chanceのオリジナル・スタジオ・バージョンのサウンドに対して、私はあまりいい印象を持っていなかった。ヒカルは今回そのサウンドを「アーバン」と形容していて、うまいこと言うもんだと感心する一方、なるほどなとも思った。私は都会っ子ではないのでアーバンなサウンドに何の思い入れもない。

まず、サウンドのバランスがよくない。やたらにボトムの効いたリズム・セクションに対して、あまりに貧弱なイントロのあのメロディー。左右のギターも殆ど聞こえやしない。初めて聴いた時思わず「クソだせぇな」と呟いてしまった。アーバンでお洒落なサウンドの筈なのに「田舎い」と言われるなんてかわいそうだなこれ。

それだけビッグなリズムセクションなのにスネアがクラップなのがまたまずい。この曲のメロディーはスケールの大きなロマンティシズム溢れるところが魅力なのにこのスネアサウンドはそのスケール感をスポイルしている。その癖音はやたらデカい。言う事に中身はない癖に声だけやたら大きくて他の人の発言の肝心な所を聞き逃すみたいな感じ。嗚呼なんて都会的なの。

曲全体としても、ヴァース〜ブリッヂ〜コーラスとダイナミックに推移するメロディーを見事にサポートしない。何もやらずに淡々と音を繋ぐだけだ。嗚呼クールを装ってお洒落だこと。何しに出て来たんだあんた。

ところが、である。これがDemo Versionだとかなり違う。スネアはノーマルで歌に響く空間を与え、各音色もバランスよく間抜けに響くこともない。何よりベースラインの意図がベタなまでにハッキリしている。ヴァースで曲全体を引っ張り、ブリッヂで歌に主導権をバトンタッチしてサビではスッと引いて歌メロを盛り立てる。あまりにベタなのでこのままではダサいと思ったのだろうが、この歌のメロディーの強烈さを考えると寧ろこの愚直さの方がよかったと私は思った。音質自体はデモなだけに芳しくないがバランスもこちらの方がいい。

このAnother Chance、Automaticに続く宇多田ヒカルのセカンド・シングル曲として検討されていたらしい。結局Movin' on without youに決まる訳だが、確かに、オリジナルのスタジオバージョンだとシングルとしてはインパクトに欠けるサウンドかな、と常々思っていた。しかし、このDemo Versionだったら、もしかしたらセカンドシングルとして起用しても当たっていたかもしれない。歴史にたらればは禁物だが、そんな事を想像させるくらいに私はこのバージョンに魅力された。出来れば、フルコーラスで聴いてみたかったな。特に、ラストのアレンジが、Demoの時点で出来ていたかどうかは気になる。その部分に関しては、オリジナルのが秀でていると思うので。でも流石にもう陽の目は見ないか。残念だ。