無意識日記々

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幽霊は実在する

当該の記事には、"絶妙な間"に加えもうひとつ、何だっけ、忘れちゃった、確か「感情のゴースト・ノート」とかいうフレーズがあった、筈。ゴースト・ノートとはドラムス等の楽器が鳴らす、鳴っているのか鳴っていないのかわからない微妙な音の事で、故に「幽霊音符」と呼ばれているのだが、宇多田ヒカルの場合はそんなわかりにくいものではなく、しかし、情感やグルーヴをしっかり支える隠れた歌唱術がある。これは、前回の記事と違って、他の人より徹底している(考え抜かれている)という意味で宇多田ヒカル独特のものといえるだろう。それはブレス、息継ぎだ。

当日記ではヒカルのブレスについて何度か集中的に特集したので記憶にある読者もあるかもしれない。ヒカルのブレスとエア(ほんの少し息を吐き出す技術を私は勝手にこう呼んでいる)の組み合わせはそれだけで芸術的といえるものだ。

今回は、15年間聴き慣れた曲であっても、"息継ぎだけに集中して聴いてみる"と如何に歌が新鮮に響くかを検証してみたいと思う。もうただひたすらブレスとエアだけを追うのだ。皆がいちばん聴き慣れている曲でやってみよう。"First Love"だ。勿論息づかいがいちばんよく聞こえるハイレゾ版がオススメだ。それではやってみよう。ただひたすら、に。

まず、イントロのブレスからして工夫がみられる。音が途切れる"間"のあるうち二回はしっかり吸う、しかし一回はブレス音がしない。こうすることで抑揚と感情の持続感を演出し聴き手の期待感を高まらせる。もう既に我々はヒカルの術中にハマっている。

『最後のKissはタバコのFlavorがした』

最初の"さ"の前にほんの小さくブレスが入る。Kissの前にも短く、しかし最初のよりは大きくブレスが入る。メロディーの波に合わせた使い分けだ。タバとコの間にはブレスが入らない。ひとつの単語だからだ。勿論、最後の"した"のあとにはすかさずブレスを大きく入れる。いずれも休符の長さは変わらないのだが、メロディーの流れと歌詞の区切りが考慮されてブレスの長さとタイミングが調節されている。

『ニガくてせつない香り』

同じく、ニガとくても間が空くがブレスは入らない。

『明日の今頃にはあなたはどこにいるんだろう』

香りと明日の間は随分と間が空くが、ここではブレス音は殆ど聞き取れない。メロディーの抑揚が増す分、勿体ぶりすぎないようにとの配慮だ。もしここに大きくブレスを入れたらなんかわざとらしく響く。いっぺん歌ってみよう。しかし、『今頃には』と『あなた』の間にはしっかりとブレスが入る。いちど盛り上げにかかったメロディーの流れの中で『あなた』という単語を印象づける効果がある。更に『どこに』と『いる』の間にほんの僅かだけブレスが入る。この繋ぎ方こそヒカルの絶妙だ。ここからのサビへの盛り上がりへ向けてこの一瞬で期待感を煽るのである。

『誰を思ってるんだろう』

『誰を』の後で少し長く、『思ってるん』の後で更に長くブレスが入る。この配置だけで階段を登るようにどんどん聴き手の感情が高まっていくのだ。


…ありゃ、時間がなくて一番のサビにすら到達出来なかった。またすぐにでも続きを書くとしよう。今回はこの辺で。