無意識日記々

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聴き手の心も裏返す作詞術の数々

前半から逆接と否定で畳み掛けるMovin' on without youだが、後半は更に高度な展開をみせる。

『あんな約束もう忘れたよ 指輪も返すから』

ここまではまぁ普通である。いや本当はメロディーへの歌詞の乗せ方が尋常じゃないのだがここではその話は省くとして。この後こう続くのが白眉である。

『私のこころ返して』

初めてこの歌を聴いたときここにグッときた人多数だろう。指輪という即物的な、しかし"約束"を比喩するモノとの取引交換が"私のこころ"という抽象概念なのだから恐れ入る。この対比の鮮烈さたるや。

ここでのミソは、直前の接続が『指輪も返す"から"』と順接である事だ。ここまで散々『切なくなるはずじゃなかった"のに"』『用意したセリフは完璧な"のに"』『わかってる"のに"』と逆接が連続して翻弄されている中にふっと展開が変わって順接の"から"が来るから聴き手は油断するのだ。

しかも、まだこれだけじゃない、この場面は歌の構成としては2番のBメロという事になるが、同じメロディーである1番のBメロの歌詞はこれである。

『構うのが面倒なら 早く教えて
 私だってそんなに暇じゃないんだから』

"なら"とか"だから"とか、聴き手がスムーズに納得できる構成がとられているのだ。他のパートで逆接を多用しているのとは異なり。つまり、1番のBメロを先に体験している聴き手は、2番のBメロに差し掛かった時にAメロのスムーズな(順当な)流れの残像にも惑わされて、更に油断するのである。

斯様にして、近距離と遠距離の両方からリスナーに心理的トラップを仕掛けて確実に油断させてから『わたしのこころかえして』と歌う為この箇所の鮮烈さがより増すのである。深慮遠望というか何というか、歌詞でここまで出来るかという感じだ。そしてこの歌には更にこの後にもう一山仕掛けを持って来ているのだがその話はまた次回という事で。