無意識日記々

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一巡りした時代同士の相似と相違

60年代生まれといえば今40〜50代か。80年代に20代だった世代だが、この年代は案外レコードを買っていない。どこまで正確に比較出来るかはわからないが、80年代は松任谷由実の"復活"まで長らくミリオンセラーアルバムが出なかった。CDの登場以降、音楽の購買が盛んになるのだ。

50年代生まれとなると50代〜60代。ザ・ビートルズグループ・サウンズの洗礼を受けた時代だが、ここもそこまでレコードが売れた訳ではない。しかし、当時の物価を考えるとレコードの値段は相当なもので、かなりの高級品だったと思われる。寧ろこの世代はかなり積極的にレコードを買っていたといえるかもしれない。

40年代生まれとなると60〜70歳。戦後生まれとなるだろうか。ヒカルの両親より更に上となると沖縄が外国だった時代を知っている世代だ。ここから上に関しては私もようわからん。


こうしてみてみると、今の90〜00年代生まれは60年代生まれと相似な事に気付く。と、いうのは、ここらへんから「生まれた頃からテレビが存在する世代」になり、「生まれた頃からインターネットが存在する世代」と気質が似てくるからだ。つまり、ボタンひとつで無料で娯楽が手に入る事が当たり前になっていた時期である。こうなると、確かにお金を出してコンテンツを買うという習慣は身に付き難い。

違いもある。テレビが「娯楽の王様」として君臨していた頃は、チャンネル数の少なさもあって流行歌のヒット曲が一局集中する傾向があった。「泳げ!タイヤキくん」(表記忘れた)のヒットは70年代後半だが、まさに、この曲のように「それだけが突出して売れる」という現象があった。その為、よく、「昔は老若男女誰でも知ってる流行歌があった」という懐古は真実だけれども、一方で、レコードはそんなに買わないというのが当時の状況だったのだ。皆テレビやラジオで満足(?)していたのだ。歌番組も多かったし。

今はテレビの代わりにインターネットだから、大ヒット曲はない一方、激しく好みが分散されている。誰もが知ってる大ヒット曲はなくなった(でも去年のアナ雪は凄かったねぇ)一方、クラスタ毎にブームが移り変わる状態になった。コミュニティークラスタ単位で話題が推移し、歌や音楽もその中でハイパーリンクのひとつとして相対化された。ツイートやらコメントやら画像や動画と音楽は今や同じ土俵で選別の対象である。コミュニティーのハブとしていちばん有能なのはゲームであって、それらを中心にコンテンツが広がっている。テレビ世代よりずっと複雑である。



…とざざっと概観をみてきたが、何が言いたかったかというと、各世代毎に歌や音楽に対してのリーチの仕方、即ちマスメディアの在り方と使い方が異なり、それに伴って端末(再生メディア)の扱いも異なっているという事だ。そして、今のインターネットがインフラになった時代は、テレビが登場して旧来の娯楽消費の在り方を過去のものとした状況との相似と相違をそれぞれに持ち、従って、歴史から学ぶならば、またここから新しいコンテンツ供給の在り方やら発展やら勃興やらが見込まれなくもない、と解釈され得る訳である。


こういう概観の許に、さてではどんなアプローチがあるかというのが本題。次回また。