無意識日記々

mirroring of http://blog.goo.ne.jp/unconsciousnessdiary

LISTENとリスをかけていた人の話

佐野研さんの話は一体何週間続いてるのやら。沈静化したらゆっくりと思ってたのに。

いつもならこういった面倒な話は回避する(というかそもそも視野に無い)のだが、彼はリスモとFlavor Of Lifeのアート・ディレクションを手掛けていてヒカルと無関係の人ではない。こちらとしては2つのどちらのアートワークに対しても思い入れが無いので感情的な揺らぎは皆無なのだが、他山の石として取り上げたい。

前に述べたように、彼が実際に作品を剽窃したか否かといった事実関係には大して意味はない。商標や著作権といった法律的な問題も素人には複雑で何か言及しても的外れだろう。問題なのは、彼とその陣営に「今回の相手がマスメディアであること」に対する心構えが足りなかったこと、そして恐らく未だに足りていないこと、そこらへんである。

デザイナー仲間の間で互いの作品について論評し合っているうちは商標登録とか制作過程とかの話も意味を持つだろうが今回は五輪のエムブレムの話である。マスメディアが食いつく範囲だというのは容易に想像がつく。そしてマスメディアが引き連れてくるオーディエンスに対しては登録商標や制作過程の難しい話など響かない。2つのデザインを並べて「似てるね」と思われたらそれでスキャンダル成立である。言い訳は立たない。

どちらに正義があるかの話ではない。東京五輪を掲げている以上マスメディア相手に勝ち目は無い。敗戦処理以外に出来る事などないのだ。退き際を誤ると益々誰も得しない状況が肥大していく。

このまま押し通せば、そのうちエムブレムを汚す行為、落書きやら破壊やらが蔓延するだろう。怖いのはそういった行為に対して「仕方ないかな」と思われる空気が醸造される事である。経過はどうあれ、創作物に対する敬意が社会から薄れるのは根本的な問題である。ハッキリ言ってもう手遅れだが、即座に敗戦処理に回るべき事態だとこちらからはみえる。


やはり、「誰を相手に作品を提示するか」はクリティカルな問題なのだ。これを突き詰めると一流料亭のような「一見さんお断り」まで進む。そういう店入った事ないから実情はわからないが、ドレスコード程度なら経験した事のある人も多いかもわからない。

「客を選ぶ。」―今の世の中では不遜なフレーズに聞こえるが、ブランディングが重要な世界では考えるべき課題である。選ぶ事に対する不評と好評のバランスを取りながら前に進めるか否か。見極めが難しい。

ヒカルの場合、“Pop Music”を標榜する以上なるたけ「客を選ばない」方向でプロモーションしていく運命にある。だから…という話からまた次回。