無意識日記々

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フル得て震えた?ヒカルの『あなた』

読者の皆さんは薄々感じていたと思うが、私の『あなた』に対する評価は余り芳しい感じではない。わかりやすく言えば、今までヒカルの新曲がリリースされたほぼ総ての楽曲は「仮に宇多田ヒカルという看板がなくとも、ラジオで流れてきたら購入を即断するレベル」のものばかりだったのだが、今回ほぼ初めて「もしこの曲が誰の曲とも知らずにラジオから流れてきたとしてもスルーしたかも」と感じたのだった。いや別に250円を出す価値がないとかではなく、毎日何十曲と新しい曲を聴いていく中で手元に残しておきたいと感じる曲はそのうち1、2曲くらいの割合なんだけどもだからといってその他の何十曲が駄目という訳でもないんだな。ただ残るか残らないかの差があるかどうかなんだ。

そんな感触だったので『あなた』の評価はフルで聴けるまで保留するつもりで昨日まで来た。果たして、フルで聴いてみると、やはり『大空で抱きしめて』と『Forevermore』に引き続く楽曲という事で楽曲全体の構成、特にエンディングのアイデアには秀逸なものがあり、フルで聴くまで待った甲斐があったと唸らされるものだったが、結局最初に感じたサビの"中途半端"な印象は変わらないままだった。爾後私の印象と評価も中途半端なままだ。

ポップスにおいて"中途半端"は決してネガティブな話ではない。大衆を相手にする以上、八方美人やどっちつかずを極めていって終局「万民に愛される」存在になっていくのは寧ろ王道であろう。であるからには、『あなた』はもしかしたら、この中途半端さを押し進めていけば最終的には大ヒット曲を生む"未来への種が巻かれた"タイプの楽曲であるかもしれず、とすれば、曲調は全く異なるものの、作曲者やリスナーに与える機能としては例えば『Passion』のように、売れなかったけれど後々どんどん影響力を増していくようになるやもしれぬ。未来はわからない。

しかし、さしあたって、今目の前にあるひとつの楽曲としては、私の印象は"中途半端"なままである。シビアだが本音だろうしこの状況説明は事実である。嘘ではない。

取り敢えず、映画を観てみないとヒカルの"意図"はわからない。エンディングで流れて初めて"ピタッとハマる"何かがあるかもわからないし。そこで私の評価にも変化が起こるかもしれない。でも、そうなったとしてもポップスの楽曲としての評価は変わらない。やはりポップソングはラジオから流れてきた時に「ん?」と反応できるかが肝要だろうからだ。それとは別に、ヒカルのキャリアへの影響力の強さについての認識や理解は日々深まっていくかもしれなく、それについてはこの日記で日々更新されていく事だろうからお楽しみに。