無意識日記々

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『あなた以外』『どこにもない』

『あなた』のアレンジでいちばん秀逸だな、と思ったのはやはりエンディングだ。壮大かつやや悲壮なストリングスと華やかなブラスセクションに左右から挟まれて『あなたいがいかえるばしょは天上天下どこにもない』と力強くヒカルが歌う。この曲でいちばん言いたかったことをラストに持ってきたかなと思わせながら、『どこにもなぁぁい』『どこにもなぁぁぁい』と繰り返す。しかしその最後の最後、一頻りアドリブでスキャットかました後、憂いを追伸として置くように弾かれるジャズピアノをバックにリズムの符割りを変えて呟くように『…どこにもなぃ…』と歌う。この引き際のお洒落感が生む余韻は絶品で、この一瞬のせいで映画「DESTINY 鎌倉ものがたり」の後味の旨味が一段上がるのだ。エンディングのスタッフロールの時の映画館の空気を読み切った見事なアレンジである。

ここで注目したいのは、歌詞の解釈である。『どこにもない』には当然『あなた以外』がかかっている。これがあるとないとでは大違い。なければかえる場所が本当にない事になってしまう。『あなた以外』のお陰で「私にはあなたというかえる場所がある」とポジティブなメッセージを伝えられるのだ。られるのだ…

…ここに"隙(すき)"があるように思えてならない。最初に繰り返す『どこにもなぁい』のパートでは我々聴き手の頭にしっかり『あなた以外』の一言が刻まれているからメッセージをポジティブに受け取れる。しかし、そこからある程度の時間をとってアドリブを入れた挙げ句のピアノを従えた『…どこにもなぃ…』の呟きに辿り着く頃には、我々の頭の中で『あなた以外』の残像が霞み始めていて、半分くらい『あなた以外』がないような感触で『どこにもない』の一言を受け取る。サウンドの余韻とも相俟ってまるで「私にはかえる場所がどこにもない」と悲しい事を言われたのかもしれない、という感覚がそこに残る。ここの匙加減こそまさに絶妙。ニュアンスとしては、「私にはあなたというかえる場所がある」という肯定的なフィーリングから「もしあなたが居なくなったら私にはかえる場所がなくなってしまう」という否定的なフィーリングに移るか移らないかの落としどころ。いやはや、もう一度言うしかない。まさに絶妙。

この、歌詞のマジックともレトリックともいえる仕掛けに対してのサウンドプロダクションな。ストリングスの悲壮とブラスの華麗がピアノのしっとり感に収束していく様子と歌詞のニュアンスの変遷が軌を一にしている。果たして英語圏の演奏陣はこの総力戦的エンディングの意図をどこまで汲み取れているかはわからないが、三度び「見事・絶妙」と言うしかないわ。