無意識日記々

mirroring of http://blog.goo.ne.jp/unconsciousnessdiary

#裸婦抱く のアンコール選曲

#アンコールラストは『Goodbye Happiness』だった。この曲の扱いな。

何度でも繰り返すが、『Laughter in the Dark Tour 2018』の一夜は『誓い』以降の後半が凄すぎて過去の名曲群ですら霞みかねない勢いだった。それらを押し退けて、というと違うかもしれないが、こうやって肝心要の場所に配されるとは、やはりこの曲にはそれだけの役割を担わせたい特別な何かがあるという事なのだ。

これがオーラスに来ると、どれだけの人が予想していたか。自分も候補の1つとして考えてはいたが、丁度公演中の『Forevermore』をやっている時にふと「あぁ、じゃあこのあと本編はハイライトたる『First Love』から『初恋』の流れをフィーチャーした後ラストに『Play A Love Song』が来て、アンコールは『Automatic』と『Goodbye Happiness』だな。」と気がついた。果たしてその通りになったので、「自分はちゃんと音楽的な流れは掴めているんだな」と安堵した(ので、予想だにしていなかった『俺の彼女』に仰け反る羽目になったのだが)。他の選曲の可能性も幾らかは浮かんだが、最も可能性の高いのはこれだろうと思った流れが大体そのまま展開されたのだ。

選曲の論理的な説明をしようとすると体力がもたないので割愛するが、要は『First Love』『Automatic』『Goodbye Happiness』の3曲は、近2作からの楽曲に混じっても存在感を損なわない“強度”のようなものが備わっている、という言い方をしておきたい。

それぞれにその“強度”のありようは異なっている。『First Love』にはスタンダード・ナンバーとしての風格があるし、『Automatic』の、出会いを運んできた思い出と思い入れのミックスはどんな曲よりも強い。では『Goodbye Happiness』には何があるかといえば「歴史の集大成」だろう。

同曲発表当時私はこれに「最後のJ-popソング」というキャッチフレーズをつけた。今でも気に入っているが、ほんの十数年ほど前には日本でもアメリカ並みにポップミュージックに関心の高い時代があったのだ。それに対するノスタルジーみたいなものが『Goodbye Happiness』には漂っている。宇多田光監督が『Automatic』や『traveling』を引用して映像を彩ったのも偶然ではない。そもそもこの曲はそういう曲なのだ。

更に要約していえば、『Automatic』から『Goodbye Happiness』の流れは“本編の種明かし”のようなものである。どうやってヒカルが今ここまでの高みに登り詰めて(そして更にまだ上に登ろうとして)いるのかを端的に伝えたのがこの2曲だったといえる。無邪気にセンスを振りまいた無自覚な『Automatic』と、総てを概観した上で過去と現在を全肯定してみせた『Goodbye Happibess』の2つを線で繋げて聴かせることで現在に辿り着く慣性とした。勿論、単純にポップ・ソングとしてのクォリティーが高いのは言うまでもなく、そして、殆どそれが総てなのだが。

ツアーに一度参加した人は今こそ『Goodbye Happiness』のミュージック・ビデオを見返す事をオススメする。どんな道筋を辿ってヒカルが“今ココ”に居るのかをたった5分で実感する事が出来るだろう。勿論、まだショウの余韻に浸っていたい人はもう暫く後でもよろしくってよ? でも、『Don't Think Twice』の発表等、ヒカルはまだまだここから加速していくので、のんびりしている暇はあんまりないかもしれないな。