無意識日記々

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Was EASY difficult?

宇多田ヒカルUtadaが何故『Utada United 2006』はおろか『In The Flesh 2010』でも『Easy Breezy』を歌わなかったのか?」問題、「歌詞の“Japanesy”がマズかったのでは?」という視点を知った。あれま、それは盲点だったぞ。

そもそも、おかしな話だったのだ。2004年のUtadaのデビューアルバム『EXODUS』が日本で100万枚を超える大ヒットを記録したのは、1stシングルである『Easy Breezy』が『Nintendo DS』のTVCMに起用されラジオでも掛かりまくったからだ。洋楽扱いの曲があそこまでヘヴィローテーションされるのは稀だった。宇多田ヒカル知名度、『Nintendo DS』の話題性、『Easy Breezy』の楽曲のよさが噛み合ってミリオンセラーが生まれたのだ。

故に日本でUtadaの歌を歌うとなれば『Easy Breezy』を外すのは得策ではなかった、筈だった。いちばん知られた、ダントツでいちばん知られた楽曲だからだ。だが蓋を開けてみると「『Utada United 2006』で歌われたのは『Devil Inside』『Kremlin Dusk』『You Make Me Want To Be A Man』の3曲だった」という結果。私としては最高の選曲だったが曲の知名度は不十分で会場は様子見の気配だった。『Easy Breezy』ならもっと盛り上がっていたかもしれないのに、と当時はよく思ったものだ。

Utada United 2006』はまだわかる。曲数に制限があったと思われるからだ。しかし、『In The Flesh 2010』では違う。幾らでもUtadaの曲を歌えただろう。しかしこちらでも『Easy Breezy』は歌われず。アルバム『EXODUS』からの選曲は件の『Utada United 2006』での3曲に留まったのだった。

これは流石に何不可思議だなぁと思っていたが、歌詞が相応しくなかったというのなら少しは合点がいく。いや勿論、自分のライブなのだから誰かからクレームが来ようが好きにすればいいのだが、ヒカル自身の判断で、リリース後の反応をみて、日本と日本人を軽んじるような歌詞をコンサートで歌うのは適切ではないなと判断したのかもしれない。

自分もUtadaの歌は洋楽として聴いていたので歌詞の内容がライブ向きかどうかという視点が欠けていた。今後はそういう観点から検証してみるのも忘れないようにしないとと思い直したのでありましたとさ。