『Simple And Clean』のメロディが『嘘みたいなI Love You』で使われていたり、『Hotel Lobby』のメロディが『Kiss & Cry』で使われていたりといった“流用”は、タイミングが難しい。というのも、Pop Musicのフィールドでは、過去の素材を二度以上使う事は「ネタ切れ」とか、或いは「過去の栄光に縋っている」とか、ネガティヴな物言いを誘発しかねないからだ。
ヒカルの場合、実際にはそれらは全くと言っていいほど聞かれなかった。まず第一に、何れも英語の曲のメロディーを日本語曲に使ったので、同じな感じを受けた人が少なかった事。そして第二に、それらの曲が発表された当時の宇多田ヒカルが市場的に絶好調だった事だ。
『嘘みたいなI Love You』が発表された2002年のシーズン、年間シングルチャートは2位が『traveling』、6位が『SAKURAドロップス/Letters』、10位が『光』と宇多田ヒカルはTop10に3枚4曲を送り込むというデビュー直後も成し遂げられなかったいわば「真の快進撃」の真っ最中だった。これだけ売れている中でメロディを使い回したからと言ってそれが苦肉の策な印象を与える事は殆どなかった。
『Kiss & Cry』が発表された2007年は、年初に『Flavor Of Life』がバカ売れして一時的にではあるが「ダウンロード数世界一」の称号を戴冠していたのだ宇多田ヒカルは。まさに時の人となっていて、その中で以下略である。文句を言う人なんてほぼ見なかった。
何を言いたいかといえば、今後ヒカルが優良な流用を思いついた時に躊躇いなく発表する為には、そのタイミングで、ある程度市場での存在感を獲得しておく必要があるのかもしれないなぁ、という事だ。それが純粋に創作上の要請だったとしても、人の口に戸は立てられない。事実や真実でなくとも「売れてないから過去に縋った」という噂だけが独り歩きしていくだろう。なんだかそれは曲が可哀想だ。
昨年は『Time』がそれなりに好成績を収めた。年間だとTop40だったかな。ベテランの出す新曲としてはなかなかのものだったのだろう。少し距離のあるリスナー達からも「宇多田ヒカル健在」みたいな評価を得られていた気がする。でも、ここより存在感が薄れると、イヤミな噂が立ちかねない。あぁ、イヤだイヤだ。
過去のメロディを使い回すのって私としてはとても大好きなのでバンバンやっていってもらいたいのが本音なんだけれども、ヒカルが日本市場に於いてPop Musicianとして振る舞う以上はそういった(私から見ると)余計な雑音にかかずらわなければならない。やれやれ、面倒だな。まぁでも、好きなアーティストの評判がいいこと自体は気分がいいので、売れてくれるなら売れて欲しいというのも、あるのかな。だとしたら、あたしも随分丸くなったんだなぁ…。