『PINK BLOOD』MVの最後に出てくる馬たちは完全に『Passion』へのオマージュだ。他にも人間万華鏡は『COLORS』MVを彷彿とさせるし、全体的な色遣いは『Be My Last』MVなんかも思い起こさせるが、馬のパートに関しては確信的だろう。というのは、それを挿入するタイミングが計算されているからだ。
『Passion』という曲はそもそもがヒカルの形而上楽曲の始祖である。要は抽象的なテーマを具象に落とさずにそのまま楽想に変換するタイプだが、「それだけだとJ-Pop市場に於いてシングル曲としてリリースできる体裁にはならない」ということで楽曲ラストに年賀状パート(『ずっと前に好きだった人…』)が追加された。それが『Passion (Single Version)』だった。
『Passion』MVは、前半はアニメーションを交えた幻想的なシーンが主体で、ヒカル自身の登場も本人曰く『妖怪ウェディングドレス』を着込んでの荘厳かつ静謐なイマジネーションだった。キンクグダムハーツシリーズ提供曲のミュージック・ビデオは、それぞれの英語バージョンのタイトルが映像のコンセプトとなっていた事を想起しよう。お皿の裏を洗えない『光』のMVのコンセプトは『Simple And Clean』(ヒカルによるとこれは『カンタン、キレイ!』なんだそうな)だったし、『Passion』MVのコンセプトは『Sanctuary/聖域』であった。馬達の疾駆は、その聖域からの出奔を表現する為に生きた動物の躍動感と共に年賀状パートを彩ったのであったのだ。
『PINK BLOOD』という楽曲において、この『Passion』での年賀状パートにあたるのが
『サイコロ振って出た数進め
終わりの見えない道だって…』
のパートである。楽曲最後の見せ場、触りの場面だね。まさに馬たちはここに差し掛かった時点で登場するのだ。しっかり『Passion』という楽曲とそのMVのコンセプトや構成を理解・把握した上でのオマージュであって、これは非常に卓抜な手法であると高く評価しておきたい。
そして、前々回でも触れたが、ここで馬たちは『PINK BLOOD』MVのコンセプトを忠実になぞって「円環」の軌道を疾駆している。これは恐らく『終わりの見えない道』のひとつの表現なのだろう。円環として閉じた道は実体としては有限かもしれないが、そこに「終わり」は確かに存在しない。表現活動という有限な行為の中で何らかの無限や永遠を示したい時に円環はしばしば用いられ得る。そういった歌詞とのシンクロまで計算してあの「馬達の円環状疾駆」は配されているのである。本当によく出来たミュージック・ビデオだわねぇ。