無意識日記々

mirroring of http://blog.goo.ne.jp/unconsciousnessdiary

ミックス重視の時代性

ちょいと長いけどまるっとインタビューを引用する。

『音楽シーン全体で、あるいは私がかっこいいと思っている人たちの傾向として、音数が少なくミックス重視の音楽になってきてますよね。ミキシングとトラックメイキングが切り離せない。ミキシングを想定したトラックメイキングだし、ミキシングは本来周波数を整理するとか、音を整理するとかっていうものだけど、もっと音の一つひとつの綺麗さを際立たせるとか、そういうのがかっこよくて新しいという感じになってきてる。ミキシング技術やマスタリング技術の進化とともにそういう流れになっていってるのかなと思いますね。全体に色んな音がわぁ~といっぱいあってぐしゃっとしてるけどなんかいいぞ、みたいな感じよりも、もっと一つひとつの音が際立っている感じが今はかっこいいですよね。』

「最近の音楽ってミックス重視だよね」という話。ミックス重視というのはヒカルの言っている通り『音の一つひとつの綺麗さを際立たせる』のに重点を置くということだ。対義語を考えるなら「迫力重視」とかかな。音の一つ一つより音像全体のインパクトを優先するような。他の対義語もありえるが。

これ、なぜ最近こういう傾向にあるのかなと考えたのだけど、ヒカルは作り手側の見解として『ミキシング技術やマスタリング技術の進化とともにそういう流れになっていってるのかなと思います』と答えているのだけど、私が勝手にリスナー側の都合として考えるに、二つの側面があるのじゃなかろうかと。

ひとつは、ハイレゾ音源の普及だ。CDの16bit44.1kHzの音源と較べて24bitのサウンドは音色自体がスムーズで心地好い。音の解像度が上がり、今までごちゃごちゃにして誤魔化してきた“粗(アラ)”がそのまま聞こえるようになってしまった。その為、もっとひとつひとつの音色を大切にして一音々々を丁寧に聞かせるサウンドが主流になってきているのではないかなと。

もうひとつは、サブスクの普及だ。音楽プレイヤーは専らスマートフォンだという人が増えた。『UTADA UNITED 2006』の頃(15年前)はヒカルも楽屋にラジカセを置いていたようだが、今ならBluetoothスピーカー程度でよいだろう。自分のiPhoneをそれと繋げるだけだわな。とはいえ、スマートフォンをメインに使ってる人でBluetoothスピーカーをきっちり部屋に置いてある人ってどれくらい居るのやら。多くの人が、AirPodsのようなBluetoothイヤフォンだったり、スマートフォンで直接鳴らしたり、してるんじゃないだろうか。そうなってくると、そういう小さい再生機器でごちゃごちゃした音像を鳴らしても何が何だかわからなかったりする。なので、そういう小さい機器でもちゃんと音楽が聞こえてくるようにキッチリ音が粒立ちしたサウンドを提供しよう、という傾向が強くなっているんじゃないだろうか。サブスクが主流になってきたこの5〜6年で例えばビリー・アイリッシュのようなウィスパーボイスが流行ったのも、スマホから流すのにちょうどいいからなのではないかなと。ギャンギャンしたサウンドだと音割れちゃうしな。

ヒカルのサウンドもそういう「ミックス重視」の傾向はみてとれていて、例えば『誰にも言わない』の音像なんかは従来の感覚でいえば「スカスカ」に近い。よくこれで不安にならないなという位潔い空間の使い方をしている。90年代のような全音域を塗り潰してやる的なサウンドに親しんでいる向きには物足りなく映るかもしれないけれど、イヤフォンで聴くとかスマートフォンで鳴らすとかならこれくらいでちょうどいいし、ハイレゾの威力たるやそれはもう……そういや最近ハイレゾネタ書いてなかったな……そのうち書くか……。

『One Last Kiss』がヒットしたのも、そこらへんの時代の空気とうまく噛み合ったのがひとつの要因なのかなと。特に曲の前半は音空間の隙間の広さに吃驚する程だが、これが他のチャート上位の流行曲たちの間に入ってくるとかなり目立つしより際立つ。そして、馴染んでもいる。浮いてないし、埋もれてもいない。勿論楽曲自体の良さ(楽譜で書かれた時点で伝わる良さ)も大きいのだが、サウンドの同時代性も耳馴染みには大切なポイントなのだ。

こういったサウンドにする為には、小袋成彬プロデューサーの「新しい音楽に敏い」センスはとても重宝しているだろう。「私は彼ほどには新しい音楽をディグらない」(深く掘り下げていかない)とヒカル自身が言っていたが、そこらへんを信頼して任せてこうやって結果が出ているのだから見事としか言いようがない。ならどうして彼はソロアーティストとして……その話はいいか(笑)。兎に角、時代に敏感な人と普遍性を失わない人のタッグは強いですねという話なのでしたとさ。