無意識日記々

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それはそれでそれっきり

2021年の宇多田ヒカル最大のハイライトのひとつが『One Last Kiss』のミュージック・ビデオだった事はなかなか異論をまたないだろう。23年目にしてここまで「今までで最高傑作!」と多くの人に言わしめた作品も珍しい。というか、無い。

普通ベテランミュージシャンというのは初期の仕事が評価されていくものだ。それをリアルタイムで浴びて衝撃を受けた世代のみならず、後から入ってきた世代も目の前の新曲より先輩ファン達が神格化している初期の名曲の方を評価しがちである。YouTubeやサブスクのお陰でそれもかなり緩和されてくるだろうとはいえ、まだまだその傾向は健在だ。

そんな中でこの『One Last Kiss』という楽曲とそのMVは途端に人々の心を鷲摑みにした。今までのMVだってヒカルが出ずっぱりなものは結構あったのだが、庵野秀明&辻田恵美による強気の編集が見事に実を結んだのだった。あたしなんか未だにMVの途中でキャパオーバーになって最後まで観れないことあるもん。38歳女子可愛すぎだよ。

ここまで威力のある映像作品を作っても、でも、次からは全く違うスタッフを使ってくるのが宇多田ヒカルだ。それ以外の面では、例えばプロモーションについてはデビュー前から梶望部長のお世話になったまま(UTADA時代を除いて)一度も体制を変えていない。挙げ句にチーム全体をEMIからSONYに移籍させてしまった。ここまで「変えない」のも珍しい。

音楽面でも沖田ディレクターがずっとついているし、『Fantôme』以降のバンドメンバーやサウンドプロダクションチームも基本的には同じ人選がずっと続いている。プロモも音も「勝ってるチームは変えない」という基本を徹底している。

ところがヴィジュアル面では全く固定という概念が無い。いや無くはないんだけどね。スタイリストさんが一定期間ずっと一緒だったり、数作品同じ監督でMVを撮り続けた事もあった(当時の旦那だね)。しかし、やはり基本的にはヴィジュアル・イメージを曲毎に変えていくのが宇多田ヒカルだ。

庵野秀明が多忙で連続では頼めなかった、或いはエヴァを離れてしまっては御縁を結ぶ所以が薄い、といった事もあるだろうが、あそこまで成功した作品を撮っておいてあれっきりだとしたら本当にまぁ潔いというか思い切ってるというか。1999年11月の『Addicted To You』以降、ヴィジュアル・イメージを変え続ける姿勢は一貫している。「変えることを変えない」というメタ視点からの言い方も出来なくはない。

なので、ヒカルがどんなに素晴らしい映像作品を作ってもそれは常に刹那のことなのだ。それを楽しんだらそれはそれでそれっきり。次からはどうなるか全く予想がつかない。束の間の高揚感を、これからも楽しんでいく事と致しましょう。なのできっと次の映像作品『BADモード』のミュージック・ビデオも、今までとは全く違った魅力を届けてくれることでしょうて。