前回は歌メロの流れとスネアのタイミングの話だったが、今回は歌詞の内容とスネアのタイミングの話。
『Time』の前半の歌詞はこんな感じ。
『カレシにも家族にも言えない
いろんなこと
あなたが聞いてくれたから
どんな孤独にも運命にも耐えられた
降り止まない雨に打たれて泣く私を
あなた以外の誰がいったい笑わせられるの
いつも
近すぎて言えなかった、好きだと
時を戻す呪文を胸に go
キスとその少し先まで
いったこともあったけど
恋愛なんかの枠に収まる
二人じゃないのよ
そういうこと
そういうこと
そういうこと』
遅れるスネアサウンドが聴けるのはひとまずここまで。
スネアを遅らせる音楽的効果は「ブレーキ」だ。普通に
ズンッ チャッ ズンッ チャッ
と"順調に"リズムを刻んでいけば、リスナーは(演奏者も)次第に熱を帯びてくる。音を繰り返していくことでグルーヴが螺旋状にあがっていくような効果が期待できる。
しかし、この、
ズンッ チャッ ズンッ ン・チャッ
というリズムは、
「さぁノるぞ!」
「ちょっと待った!」
「さぁノるぞ!」
「ちょっと待った!」
という感じで、リスナーの熱量の螺旋が上がっていかず、同じ所をぐるぐる回っているだけというか、曲全体に勢いがつかないようにブレーキをかける役割を担っている。
一方、上記の『Time』前半の歌詞は、「躊躇いと逡巡」がひとつのテーマとなっているのがわかるかと思う。
『カレシにも家族にも言えない』
『降り止まない雨に打たれて泣く私』
『いつも近すぎて言えなかった』
『時を戻す呪文を胸に go』
この、言いたいことを言い出せなかったり、悲しみに為す術無く立ち尽くしたりという、前に一歩踏み出せない心持ち。『時を戻す呪文』を、唱えるのではなく胸に秘めてしまう臆病や躊躇と、遅れてくるスネアが齎す「同じ所をぐるぐると回っているだけで一向に盛り上がらない」感触が、しっかりきっちり呼応・対応している。音を聴いても歌詞に耳を傾けても"じれったい”。これが『Time』前半に於けるヒカルならではの編曲術の一端となっている。
ではそこから先は…?という話からまた次回。