無意識日記々

mirroring of http://blog.goo.ne.jp/unconsciousnessdiary

ひかるのひだりて

南青山Wall&WallTokyo@2022/7/21thuからもう1週間か。早いんだか遅いんだかわからない時間の経ち方だなこりゃ。

そんな中でもフル動画が公開されたのはほんに有難い。

https://www.instagram.com/tv/CgT-QmaJpJz/

当然ヒカルの一挙手一投足をガン見させてうただきましたよ。服の皺ひとつ見逃してなるものかという気概で…とか言ったらキモい人ですねぇ。えぇわかってますとも、治りませんw

しかしそうやってガン見してると幾つか気づくこともあるもので。同じ曲でも「歌ってる人の姿」が見れると随分と印象が変わるのだ。

ヒカルがひとつひとつのパートでどういう風にリズムを取っているか、その解釈を知れるのはとても意義が深い。リズムの基本は間隔と強弱なので再生環境毎のサウンドバランスの違いでリスナー側でも解釈がわかれたりするのだが、ヒカルの動きをみてああやっぱりこの人はベースラインてものをサブ的に捉えてるんだなとかそんな風なことを感じてもみたり。

そんな中で。例えば

『Let's go fast then go slow』

の所で急にヒカルのリズムを刻むスピードが倍になったりして嗚呼あんたはそういうつもりで作ってたのねと気がついたり。ヒカルの動き、リズムの取り方で作曲者の意図がわかってくるとかほんに楽しい。

他にも

『Give me some thing ...』

の所で「私に寄越せ」と言わんばかりに左手を手前に招き寄せたり、その直後の

『... strong enough, give me something』

の所で左手で小さくガッツポーズして力強さ(somthing STRONG enough)を表現したりと、カラダ全体でリズムを取りながら左手のアクションで歌詞を表現するという器用な真似も見せつけてくれていた。でも多分わざとじゃなくて、リズムを感じながら自然にカラダを揺らして、歌詞の持つイメージをアタマに思い浮かべながら歌っているからこれまた自然に左手がアクションしちゃうという、そういうナチュラルな結果なんだろうな。

ヒカルが歌っているときの左手の動きは古来からの熱心なファンの関心事項ではあるが、こうやって直接的に歌詞を“体現”するようになったのは、それ以前に無かった訳ではないけれど、やはり5年前の今日リリースした『Forevermore』のミュージック・ビデオの影響が大きいのではないかとも思われる。

『Forevermore』のMVでヒカルはコンテンポラリー・ダンスというものに挑戦した。技巧より表現をとる形態だ。とはいえ、その奇妙な動きが歌詞を体現していると知れたのはエムオン!で放送された『Forevermore』のメイキングで振り付けの意味づけを解説してくれたからなんだが。流石に私も最初はそんな意味づけがあったなんてわからんかった。コンテンポラリー・ダンスに親しんでる人はわかったりするのだろうか。手話を解するみたいな感覚なんかなぁ。てか今あのメイキングってどっかで観られるのかな。後追いの人は厳しいかもしれんね。もう5年も前だもんね。

で。その時の経験がそのままダイレクトに現れてる訳ではないのだろうが、今のヒカルはそうやって歌詞を振り付け…というほど確たるものではないけれど、身振り手振りで表現しながら歌っている。「歌」を構成するメロディとリズムとハーモニーとリリックの総てを五体で表現するだなんてせわしいにも程があるけれど(四方五体表現とでも言いましょうかね)、何度ガン見しても「ヒカルパイセンが可愛い」という感想に着地するので、きっとこれでいいんだろう。嗚呼またこういうのやってくれんかなぁ。って、昨日今年のフェス出演無いって言われたばっかりだっつーの!