無意識日記々

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「Uta/Ado」って見るとUtaDAかと思うわよ!?

突然だが、映画「ONE PIECE FILM RED」とその主題歌「新時代」by Adoが今物凄い。映画チャート音楽チャートどちらも8週連続第1位。このまま来週もとなると、いやならなくても今年の顔はこの作品とこの曲ということになりそうだ。

Adoちゃんの快進撃はまだまだ止まらず、次は椎名林檎に曲提供して貰って映画主題歌を歌うんだと。そもそもAdoちゃんによる椎名林檎曲のカバーは絶品至極で、その生真面目な性格が浮き彫りになる見事な後継者振りを示していたのだが、このコラボ発覚時の林檎姐のコメントも相俟って、いやもうこのまま禅譲でいいのではという空気すら漂った。つまり、椎名林檎は裏方に回ってAdoちゃんに曲書いていってあげたらいいのではと。

そこらへん、ファンは複雑な心境のようで。林檎姐には演者として常に前面に出て欲しいと願いつつ彼女が基本的には裏方志向なのは重々承知という板挟み。苦虫を噛み潰したような表情を採るのもまたむべなるかな。

しかし、林檎姐はまだまだ若いが、確かにいずれ声は衰えるものなので、自らの創作意欲を反映させるのを自前の喉のみに絞る謂れも余り無い。禅譲の機会を窺うのは元祖新宿系自作自演屋としても当然必然必定な発想なのかもしれない。

そんな折、ふと来週50周年記念ベストをリリースするという松任谷由実の名が目に留まりまして。それならと試しに最近作の歌声に耳を傾けてみた(ここらへんの気軽さがサブスクのええとこやね)。なるほど、作詞者作曲者としての腕は衰えていない。今でも切っ掛けさえあれば大ヒット曲を生み出すポテンシャルは兼ね備えているな。流石だ…とは思ったが、と同時に流石に歌声は老いている。そりゃ50周年だもんねぇ。デビューから半世紀ですよ。アレサ・フランクリンだって晩年は声が出なくなっていたんだから元々喉の強さで勝負してないユーミンがこうなるのも自然なことだわさ。

だが、本質的な問題は少しそこからズレた所にあるように思えた。声が老いたならそれなりの歌い方と詞と楽曲を用意すればよい。彼女の歌声に余分な老いを感じるのは、ひとえに、彼女が楽曲の中でイメージしている歌声と実際の歌声の間に乖離が生じている為ではないか。もっと踏み込んで言えば、ユーミンは自分の実際の歌声を聴いていない、その向こうにある理想に目が向いているのだと。

松任谷由実(と荒井由実)の作法に慣れたリスナーなら彼女の意図、理想を共有できるだろうが、初めてユーミンを聴く人にそれが届くかというと難しい。思うに、どこかの時点で松任谷由実は自分の曲と詞を理想的に歌ってくれる後継者を探すべきだったのかもしれない─そう私には思えたのだ。曲と詞を、「返事はいらない」「ひこうき雲」から50年経った今でも書ける人だからこそ、惜しい。

その姿を思えば、これからデビュー25周年イヤーを迎える、即ちユーミンからみればまだ半分にも満たないキャリアしか持たないひよっこも同然な椎名林檎禅譲を考えているなどと知れば片腹痛める気がするが、だがそうそう理想的な後継者など現れるものではない。旬は一瞬にして通り過ぎる。今と思えば今なのだ。

前置きが長くなった(前置きだったんか)。同じく来年デビュー25周年イヤーを迎えるヒカルさんの方はといえば、裏方志向は林檎姐と相通ずるものがあるものの、自らマイクを置く気配は一切無い。それどころか、今がいちばん歌が上手くパワーも兼ね備えているといえる。歌唱面では絶頂期と言っていいだろう。だが、昨年から今年に掛けての『BADモード』&『Live Sessions from Air Studios 2022』に於いて露呈したのは、そこまでの喉を持っていてもいつ何時声が出なくなるかわかったものじゃない、という現実だった。今回は回復して無事スタジオライブも配信できたし、da capoも収録できた。コーチェラの舞台にも立てたし、南青山でも八景島で絶好調だった。だが、こういう時こそ、未来を見据えて、ヒカルの曲と詞を歌える人が出てきたら気に留めるようなことを…え?『未来に保証は無い方がいい』?『賭けてみるしかない』?─全くその通りですね。失礼致しました。ヒカルさんはきっと最後まで自ら作った歌を歌い切るでしょう。藤圭子の愛娘として、そして、藤圭子の最も正統的な後継者として、ね。