無意識日記々

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デビュー記念日、見事に傾向が反転した最初の10年と最近の10年。

2008年のデビュー10周年企画の際、ヒカルはUTADAとしてのアルバム制作と宇多田ヒカルとしての『点』『線』の編集を同時並行させるという、本人曰く『この数ヶ月、人生で今までにないくらい忙しい』日々を過ごしていた。その中でEMIは本人の極力負担にならない企画としてリスナー参加型のブログを立ち上げて盛り上げてくれていたのだ。

翌2009年デビュー11周年記念日の頃には恐らくUTADAのツアーが予想されていたのだろうから、それも見据えてEMI側でしっかりと10周年を祝っておこうという意図もあったのかもしれない。

他方、2010年のデビュー12周年記念日を宇多田ヒカル第1期最終公演で迎えられたのは半ば偶然の幸運の出来事だったようだ。この公演をヒカルが発案したのが2010年の4月だったそうだから、その時点で宇多田ヒカルに相応しいアリーナクラスの会場が12月9日に空いているかどうかは賭けだったに違いない。しかも横浜アリーナという遠方からのアクセスの良い立地でね。なので、12周年記念日のお祝いは、半分は天からの祝福だったとも言えるかもしれないな。

…という最初の12年の、「祝えたら祝う」な感じのデビュー記念日の扱われ方から一転、2013年以降は非常に積極的にお祝い企画を仕掛けるようになっていく。

大枠として、2010年~2015年の6年間はヒカルが人間活動期で、その期間にスタッフの皆さん主導で何が出来るかという視点があった。2013年の『In The Flesh 2010』待望のリリース&1stアルバム15周年記念盤告知も、2014年のカバーアルバムも、ヒカル本人が極力関わらない形で実現させている。

この2年を通じて、ファンの記念日への食いつき方というものに好感触を得たのかもしれない。復帰宣言前のアルバム制作期間であった2015年のデビュー17周年記念日こそ静観姿勢だったが、以後2016年18周年記念日『30代はほどほど。』、2017年歌詞集『宇多田ヒカルの言葉』発売、2018年『Laughter in the Dark Tour 2018』千秋楽公演と立て続けに「デビュー記念日を狙って」の企画が炸裂していく。ヒカル不在の時に得た好感触をそのまま活かす方向でプロモ企画が決められていった気配が強い。

また、今現在はヒカルの「記念日好き」も影響しているのかもしれない。余り公式からは積極的に前面に押し出されなかった最初の10年もメッセやラジオでデビュー記念日をお祝いしていたし、2018年のツアーではMCで頻りに「20周年」「8年振り」「12年振り」と時の流れを意識する発言を繰り返していた。デビュー後の年月の積み重ねの重さを年々より強く実感していった、ということもあったのかな。

その後は21周年の2019年こそスルーしたが、2020年22周年企画、2021年23周年スタジオライブチケット発売、2022年24周年『First Love / 初恋』発売と、やはり3年連続でデビュー記念日をお祝いするように企画が(基本的にそれぞれ複数!)打ち出されている。即ち、過去10年の2013~2022年のうち、デビュー記念日をスルーしたのはたった2回だけなのだ。最初の10年は寧ろ祝ったのが2回だけだったのにな。見事に傾向が反転している。

この流れを踏まえれば、明後日の25周年が何もなくスルーされる可能性はかなり低いのだが、さてさて果たして一体全体どうなるのか!? もうあと24時間余りで答えが出ることになる、のか?? 明日はそこらへんのことを考察したいけど取り敢えず皆さん、一応夜更かしの準備は、しておきましょうかね。