『道』は、ヒカルからすればリスナーに「おかえり」を言う曲だ。
一ヶ所は、恐らく意図的に配したフレーズだろう。
『悲しい歌もいつか懐かしい歌になる』
ここを聴いた長年のファンの中には即座に
『今はまだ悲しい love song 新しい歌 うたえるまで』
という『First Love』の一節を連想した人も居たに違いない。
勿論、悲しさの質は違う。失恋と喪失では失うものとそれに伴う悲しみのレベルが違う。「悲しい歌」をそれでも歌ったり、更に新しい歌を作り出したりする人の営み。
『道』はまた、「歌の歌」でもある。サビには『You are every song』というフレーズがある。この歌を理解するにはこの決めフレーズの意味を捉える必要がある。
「あなたはあらゆる歌だ。」とは一体どういう意味なのか。こうやって直訳するとかなり意味不明だ。少し変えて、「どの歌もあなた」とすると、少し印象が動き出す。
ここからどう踏み込むか、だ。私はオーソドックスに、「どの歌(の一節)もあなたに向けて書いたものだ」という解釈を採用したい。「どの歌もあなたが居なければ生まれなかった」と言い換えてもいい。ただ、長々と描かず「どの歌もあなた」と言い切る事はやはり違う決意みたいなものを感じる。
「どの歌もあなた」なのであれば、歌を歌う度に『私』は『あなた』をすぐ身近に感じる事が出来る。もっと言えば、歌を歌う事はあなたと会う事なのだ。だからひとりで歌ってても独りじゃないし、あなたの存在を感じ取る為にまたひとりになりたくなる。
その構図を思い浮かべて『道』を聴けば、ヒカルの「歌いに戻ってきたよ」という決意の重さと清々しさを感じ取る事が出来るだろう。確かにヒカルは帰ってきた。喪う事で、歌う理由がまた生まれた。ここまでの重い決意から生まれてくる歌は、これからもそれはそれは切ないに違いないのである。皆々さん、心して次の新曲を出迎えましょうね。