無意識日記々

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感慨の蓄積の行方

『Good Night』のサビの縦横無尽さは、2番になってますます甚だしくなる。

まず、前も触れた通り、もうtやdを発音するしないどころの話ではなく、『Goodbye』の『bye』を歌わないという随分と思い切った事をしてくるのだ。しかもそれは2番の最初の“8回”のうちの奇数回目の話。偶数回目に至っては「何も歌わない」ところまでくる。自由にもほどがある。1番でtやdを歌うか歌わないかとか言ってたのが随分とかしこまって見えてくるくらいだよ。

勿論、なのかどうかは怪しいけれど、その“2番の最初の8回”のうちの“偶数回目にあたるところ”では、ヒカルのハミングやピアノのオブリガード(と言うのかあれは)が入って間を保たせている。ここら辺のセンスも素晴らしいのだが、言葉で説明するのは難しいなぁ。

で、その最初の8回の7回目で漸く『Goodbye』と歌うのだが、ここがまぁ力強い。『Good』の『ood』の部分を、ほんの少しばかり力んで歌う。ここがドラマティックなんだな。

で、そこから“最後の8回”に突入する訳だけど、その7回目の『Goodbye』の『d』の歌い方が、この楽曲中最もこだわっているように思う。他の『Goodbye』の『d』の発音は結構弱くてもう殆どdというよりtに近いのだが、この最後の7回目はもうしっかりと『d』なのだ。感慨の行き着く所の『Goodbye』なのだろう。

このように、『Goodbye』の『d』の発音に注目して聴くだけで『Good Night』という曲の構成や感情の起伏、感慨の蓄積などが見えてくる。ヒカルがこだわって歌ってくれているお陰でしょうな、うん。