「宇多田ヒカルの歌詞は区切り方が斬新」という耳タコ過ぎる話題がAppleJpopNowでも取り上げられていた。しかしそれについてヒカル本人がコメントをしてくれる機会となると比較的貴重なのでとてもありがたい。
歌詞の区切り方といえばアレだ。デビュー曲の片割れ『Automatic』の冒頭部分『七回目のベルで受話器を』のところを通常なら
「ななかいめの/べるで/じゅわきを」
と切って歌うだろう処をヒカルは
『な/なかいめのべ/るでじゅわきを』
という風に文節はおろか語句の区切りすら無視してぶった切って歌う、という話。ヒカルの言い分を要約すれば「寧ろ何故そこまで言われるのかわからない。メロディ重視で歌詞を載せればこうなる。」ということになる。
そうなる理由としてもう一段掘り下げてくれたのが今回の収穫。日本語の発音は子音と母音がかならずセットになった一音ずつに分解できるから、のいうのがその主旨だ。
例えば英単語の“flight"は文字数でいえば六文字あるが、f,tの二文字は子音のみ、ghなんかは発音自体がない。なので実質音節としてはliのみが「子音と母音がセットになっている」唯一の箇所なので、"flight"という六文字からなる英単語にメロディをつける場合は音符1個だけを宛てるのが普通だ。
しかしこれが日本語の「フライト」だと「Fu/Ra/I/To」と4つの音節に区切ることが出来るため、この単語を歌う時は4つの音符を宛てるのが日本語の歌の通常になる。同じ意味の単語を歌う場合でもこれだけの違いが日本語歌詞と英語歌詞の間にはあるのだ。
こうなると英語だとメロディに歌詞を載せる時に文章が妙な切れ方をするケースというのは少なくなってくる。今回ヒカルが「英語でも途中で切ってるよ」といって出してきた例は『Somewhere Near Marseilles ーマルセイユ辺りー』の
『Maybe I'm afraid of love』
の『afraid』の部分だった。これは、afraidという単語が"a"と"rai"の2つの音節から出来ている為に可能な事なのだ。(flightのfとlと同様に、afraidのfとdは子音のみのため音符を1個割り当てることができない) こういった2音節以上から成る単語は英語ではぐっと減る為、ヒカルの作詞が英語圏で注目されることはなかったのだが、日本語には2音節以上の単語がやまほどある為、ヒカルからしたらどこからでも切り放題だったのだ。
そんな感じで、ここ日本では飛びつかれるように話題になったのだが、では逆に、ヒカルの気分になって、「なんでそうしないの?」「なんで今までそうしてなかったの?」という疑問の方を考えてみるとしようかな。そこらへんの話からまた次回。と言いつつ、また日中にヒカルがツイートしてくれて予定変更になったりしないかなと期待する自分も居てみたりしてね。