夢を共に演じ続けて30年

あぁ、現地盤だが今日がドリームシアターのデビュー30周年記念日なのか。こんなによく働くバンドも珍しい。スタジオアルバム14枚ライブアルバム8枚だと。邦楽アーティストならなんてことない数字だが彼らは世界中をツアーしていてこれなのだ。しかも2枚組スタジオアルバムも2作あるし、ライブアルバムに到っては3枚組まである。更にオフィシャルブートレッグに各人のソロワークに…改めてワーカホリックなバンドだなと。

しかし彼らの一番の貢献は「プログレメタル/Prog-Metal」というマーケット自体を作り上げた事にある。後続のフォロワーの数、ソロワークから連なっていったファミリー・ツリーのデカさこそが彼らの偉大さだ。中には時に本家以上の傑作を作るバンドも現れたし、既に活動していたが日の目を見ないベテランに脚光を浴びさせる力もあった。新旧両方への刺激が半端ではなかったのだ。

プログレとメタルが主食の人間からすればなんというか神様みたいな存在だが、その割にメンバーの佇まいはあんまり神憑っていない。非常に優れてはいるがそれだけだ。各人の技量に注目が集まるバンドのわりに魅力の核はその共有する「コンセプト」なのだといつも確認する。個々の個人芸よりもそういった「夢を共に見る」力がこのバンドの真骨頂なんだなと。だから拡がる。

システム、の話になるんだろうな。ヒカルさんは後続への刺激は凄く大きな括りで、せいぜい「歌手になりたい」という程度。影響を与えたアーティストとなるとデビュー時の倉木麻衣みたいに途端にモノマネの域まで行ってしまう。後続が共有できる何かがない。

そもそも、コンセプチュアルな考え方をしていないのだろう。『Laughter in the Dark Tour 2018』のセットリストも、コンセプトがハッキリしているが故にヒカルの“気分”と齟齬が生じていた。

“後続”というのは何も後輩たちだけに当て嵌まる訳ではない。現役の先達に刺激を与える事もあるし、未来の自分を指す場合もあるのだ。時に道を見失いそうになった時、過去の自分が立てたコンセプトが道標になるということはよくある。

ヒカルはパイセン問答で「灯台」への憧れを語っていた。灯台は人の道標になるが、灯台自身は別にどこも目指さない。それも生き方なのだろうが、ヒカルは時にどこかに行きたくなったり、何かに導いて欲しいと思うこともないのかもしれない。『どこにいたって私は私なんだから』と言い切り続けるのは結局根底の自信・自身が揺るがないからだろう。なのでヒカルにとっての成長は「今の自分ではないもっと大きな何者かになること」ではなく、「ひたすら自分自身の内に降りていって自分らしさを極めること」だった。だから最初の12年はアルバムを出す度に「今までになく自分を曝け出した」と吐露していたのだ。それはもう金太郎飴の如く毎度だったので自分も毎回「またか」と思ってはいたのだが、その割に音楽性が多岐にわたっていってたので、なんだかんだで結局常に新しかった。

ヒカルもデビュー20周年。ドリームシアターに較べれば10年少ないが、若い人たちにとっては同じようにベテランなのだろう。でもヒカルのデビュー時はドリームシアターは既に10周年だった、と言い換えれば、少しはこちらの感覚も伝わるかな。

灯台さんは人を照らす割にどこに行けとは言わない。無理矢理メッセージを受け取るならば、成長したくば自分らしさを極めることだ、という事になるんだが、肝心の仕事内容─ヒカルの場合音楽性が一定しないので、ある意味ずっと自分探しをしているようにも思えるし、既に見つかっているからこそのバラエティなのかもしれない。結構わからん。このわからなさへの文句で無意識日記は出来ているといっても言い過ぎじゃないかもな。我々の夢と愛はいつか途切れる事があるんですかねぇ?