無意識日記々

mirroring of http://blog.goo.ne.jp/unconsciousnessdiary

この映画の論評を俺にしろと!?(笑)

この映画の論評を俺にしろと!?(笑)

※ 執筆時点で公開2日目の映画「パラレルワールド・ラブストーリー」について書いています。内容については仄かに触れている程度ですので各自判断してくださいな。

あー、別に自分で勝手に書いてるだけですけどね。期待してる方もいらしてくれてそうですし。

2019/5/26

@utadahikaru : 来週公開だ〜 いい映画だといいな〜

という願い。ふむ。

何とも評価に困る作品ですわ「パラレルワールドラブストーリー」。映画としてのつくりはとてもいい。シンプルで洗練されたカット割り、余り無駄の構成。胸焼けしないアングル配分、銀幕の広さを使った構図の数々、違和感の無い演技、品のいい劇伴音楽、それらを組み合わせたミステリアスな雰囲気作り、と映画としての道具立ては確りとプロフェッショナルだ。強いて挙げれば、特に映画館の大画面で観なければならないような大迫力や大音響に欠ける事だが、そんなの小津作品だってそうなのだからね。急がない人はセル&レンタルを待ってお家で見ても楽しめるよ、という程度。

評価が別れるる分水嶺について書いておく。予告から推察されるように、この作品は最近の脳科学の成果を取材した上で書かれている。そこから一歩余り現実では有り得ないような段階まで踏み込んでさぁどうなるか、というのがこの映画の見所な訳だが、これには二通りの道があった。

ひとつは、最近の脳科学が進歩し過ぎてきているので、それに対する一般人の恐怖心みたいなものを反映した筋書き。今はまだそこまでいってないけど、将来的にはここまで来てしまうかもしれない─そういう不安と怖さを現代の寓話的に描く。まぁ21世紀のサイエンス・フィクションだわね。SF。

もうひとつは、そういった最新の知見を踏まえつつ、それでも変わらない人間のヒューマニズムが何かあるのか、あるとしたらそれはどのようなものか、といったテーマを扱うもの。人文学的或いは純文学的なアプローチ。変わりゆく時代の中にも息づく普遍を描き出す目的で描かれた作風だ。

さてこの「パラレルワールド・ラブストーリー」はどちらだったのだろうか? 私には後者に見えた。つまり、脳科学の知見は現代風の味付けに過ぎず、タイトルに堂々と記してあるようにこれは普遍的な「ラブストーリー」なのであるという見方だ。で、問題なのは、この普遍が陳腐になっていやしないかという点だ。ここで更に評価が別れるだろう。自分にはよくわからかったよ。

まぁ作品については(まだ公開2日目だし)それくらいで。

で。肝心のエンディング・ロールに載せたヒカルの『嫉妬されるべき人生』について。これはもう文句無しに素晴らしかった。何も知らない人が観たらほぼ100%「この映画の為に書き下ろされた楽曲」だと信じて疑わなかっただろう。それくらいに嵌まっている。後世の人はまず間違いなく映画の制作時期と主題歌の制作時期で混乱するだろう。ドハマりである。これに関してはもう何も言うことはない。劇場に行って確かめてみてほしい。身震いするほど映画のストーリーとムードにフィットしていたよ、

気になったのは、もしかしたら、事前に願望していたように映画用のミックスになっていたかもしれないという事だ。これに関しては確信が無いので保留にさせてうただきたい。気になる人は躊躇わずに劇場に足を運びましょうねっ。