無意識日記々

mirroring of http://blog.goo.ne.jp/unconsciousnessdiary

学而時習之。有朋自遠方来。

前回の『パクチーの唄』の『嘘が下手』についてTwitterで幾つかコメントをうただいた。なるほど、その存在が誤魔化せないっていう意味かーそりゃしっくりくるな。なんだか「ドラえもん」でのび太のママがなんとか苦心惨憺してのび太にピーマンと人参を食べさせようと好物のハンバーグに潜ませたはいいけれどのび太は即座に見破った話を思い出したな……やっぱり目立つのかと。嫌いなものだと嗅覚鋭くなるよねっていう。

そして『優しさ』はパクチーの栄養成分のことだと。「バファリンの半分は優しさで出来ている」ってのが本当に成分の話だった、なんていう小噺を思い出しましたよ。

兎に角、この歌の優しさは特筆に値してて。『優しいの』と歌ってる人がいちばん優しい。やわらかく受け入れてくれる感じというかね。苦いことも噛み締めて今日まで生きてきましたよ感が凄くあって。

『今日はうちにおいでよ

 泣いたら とても

 お腹が空いたと 気づくよ』

なんだろうね、この、人間悲しいことがあってもお腹は減るという、よく言う奴をここまで実感をもって言葉に出来るかねと。この前段の『学びて時に之を習う』がよく響く。

この漢文は孔子による「論語」からの引用で、これには続きがあるのですよ。

「朋有り(ともあり)、遠方より来る。亦楽しからずや。」

これは「友達が遠くから訪ねてきてくれた。まぁ楽しい。」という意味で。だからヒカルはこのあとで『今日はうちにおいでよ』って歌うんだよね。友達が訪ねてきたからお家に招こう、と。で、それは嬉しいんだけどどうやらその人には悲しいことがあったみたいで。ならばまずは美味しいものを食べて貰おう、っていうね。で、きっとこの友達はパクチーが嫌いでこのあと一悶着あるという(笑)。無難にカレーにしとくべきだったね。

ホント、優しい歌だ。ヒカルの優しさがここまで素直に出る歌もなかなか無いですよっと。