そもそも『初恋』というアルバム全体が、『Play A Love Song』に限らず「優美なメロディーの流れを楽しむ」作品なのであって、この度カラオケが公開された一番人気の『あなた』からしてヴォーカルのおおらかな歌唱が最大の魅力だ。試しにそのおうちカラオケ動画を一緒に歌わずにただ聴いてみればいい。スッカスカである。如何に歌の魅力だけで思いっ切り引っ張っているのか、このカラオケを観る事で逆説的に説得される。
一方の『Forevermore』は、カラオケ動画だけを聴くと「こんな曲だっけ?」と戸惑う人も在るかもしれない。熱の篭った演奏が繰り広げられているが、この曲ってヴォーカル・ラインだけ取り出してみると殆どバラードなんだよね。TBSのドラマの主題歌を宇多田ヒカルが歌うならバラードだろう、という期待は『First Love』『SAKURAドロップス』『Flavor Of Life -Ballad Version-』『初恋』と例を挙げてみるまでもなく鉄板なんだけど、多分そこらへんにも配慮しつつ「またバラードかよ」と思われないように(というか寧ろ、ヒカル自身がそう思わないように)作られた曲調であるように思う。アップテンポでグルーヴィーなサウンドだがメロディーはリリカルでバラードタイプであるというバランス。確かに、言葉でも引っ張っていく『甘いワナ』とは趣がまるで違う。
そんな楽曲群の中で『初恋』の時期のヒカルのリズムへの認識が端的に出ている曲といえば『Too Proud』だろう。Jevonのラップをフィーチャーした曲だが、ラップこそヴォーカルでリズムを構築していく最たるスタイル。だが、ここでのラップはどちらかというと言葉とメッセージを聞かせるタイプで、生理的快感に訴えてくるヤツとはちと違う。ヒカルの英語もラップというよりは語りといった方がいい風。ライブでの日本語ラップも語ってる内容がメインで、言葉の意味よりまず響きが耳に入ってくる私なんかはあれを聴いて“リズム的には野暮ったい”と思ってしまったりな。
何が言いたいかというと、ヴォーカルでリズムを構成する音楽の王道であるラップ・ミュージックを持ち込んで、それでも歌詞の役割がメッセージ性やストーリー性に偏っているという事実。これはつまりこの時期のヒカルが歌詞に生理的快感というか、遊びまくったりしない極めて生真面目なアプローチで臨んでいた事を示しているのだと思う。故にアルバム『初恋』は、ヒカルの持つ側面のうち、お茶目さや悪戯っぽさ、快活さよりも、優美さやスケール感、人類愛的なヒューマニズムの方に比重が置かれている印象を与えたのだと思う。
しかし、そんなシリアスなアルバムにも、きっちり「口に出したくなる日本語」で「リズムを歌い回しで構成する」楽曲が収録されていますよね。『パクチーぱくぱく パクチーぱくぱく パクチーぱくぱく パクチーぱくぱく uh ぱくぱくパクチー』。そう、『パクチーの唄』。これは楽器陣が居なくても、口遊むだけで心が静かに浮き立つような、楽しくなってくる一曲だ。ヒカルの遊び心といいますか、歌で楽しむ時のセンスが健在な事を現在に伝える一曲。といってももう二年以上前のリリースですけれども。
でも、だからそこ、ある意味、いちばん遊んだ曲である『Too Proud』と『パクチーの唄』の両方ですら、リズムの快感よりも、前者はメッセージ性とサウンドの実験性を、後者は母親が息子を見守るような優しさと暖かさを、それぞれ追究するような方向性になっている点が、「嗚呼、宇多田ヒカルも大人になって落ち着いたんだな」と思わせたいちばんのポイントだったのかもしれない。茶目っ気出してハジけたつもりがそれでも知的で上品なままだった、とでも言いますか。
── なぁんてことを、過去のライブ映像や楽曲たちと比較して思ったのでありましたとさ。ほんと、ファンピク&おうちカラオケ配信企画を隅から隅まで味わうのは、楽しいわねぇ。