無意識日記々

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器を持っていつまでも待つわ

で、今回一通りオーケストラ・インストゥルメンタル・バージョンを聴いてみて思ったのは、『Passion』は“器”なんだなと。

『光』や『Face My Fears』のオケインストが原曲のメロディを前面に押し出したものであったのと対照的に、『Passion』は寧ろ原曲の旋律を蔑ろにしかねない勢いでこれでもかと「オーケストラ・アレンジでの定番技」が盛り込まれたかなりド派手な演出盛り沢山なトラックになっている。映画でも始まるのかという終結部なんてまさにね。

これは、『Passion』の主旋律が“空っぽ”を表現しているからだろう。ここを察せれるかどうかでこの曲の評価が変わる。特にヒカルは、技術や形式を重視する余り時に空虚に響くJ-popの中で常にエモーショナルでソウルフルな、云わば「中身のある」歌を聴かせる事で天下を取った身なので、デビューから7年経った2005年当時『Passion』は従来のファンからあまり芳しい反応を得られなかった。ここで2001年の『Can You Keep A Secret?』以来続いていたオリコン一位連続獲得記録が途切れた程だ。

だが、常に中身を充実させられる人が敢えて空のような宇宙のような、「容れ物」としての楽曲を世に出し、更にそれに『Passion』という(まさに)情熱的な名前をつけたのだから、なんというんだろうね、運動エネルギーを位置エネルギーに変換したような、そんなポテンシャルに満ちた楽曲になったわけだ。(今大分説明端折りました)

故に、そこに様々な楽想を充填しにかかるとこれが異様に充実する訳で、その一例が“KINGDOM HEARTS II”のサントラに収録されている『Passion KINGDOM Orchestra Instrumental Version』なんだな。勿論主旋律は活かしたままで、しかし、なんだろう、原曲にない彩りが好きなだけ加えられている。これは、主旋律のニュアンスが中立的で、どんな楽想と鳴らそうがしっかりフィットするからだ。この空っぽさ、何も言わなさ、“ただ在るだけ”という旋律が“器”となって壮大な曲調を誘発する。オーケストラのもつポテンシャルを引き出すのだ。確かに、ヒカルの他の楽曲にはなかなかない性質である。

……となると。もし今、『Passion』から更に進化した形而上学的大名曲『誰にも言わない』がオーケストラ・インストゥルメンタル・アレンジを施されたらどんなことになるのか。これが聴いてみたくて堪らないんだよね。既にサントリー天然水のCMソングとしての色がついてしまってはいるものの、オーケストラ・バージョンに変身させたら他のタイアップでも使えるんじゃあないかな。いつかどこかの誰かが計画してくれることを数十年単位で期待しておきたいと思います。どうせ十年や二十年でヒカルの曲が色褪せる事なんてないのだから、気長でええやんね。