無意識日記々

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「なだらかに坂を昇って急転直下」

『One Last Kiss』は二回のブレイクを中心に構成されている。

一回目のブレイクは、

『もう分かっているよ

 この世の終わりでも

 年をとっても

 忘れられない人』

の直前。

二回目のブレイクは

『I love you more than you'll ever know』

からの

『吹いていった風の後を

 追いかけた眩しい午後』

の部分だ。

特筆すべきなのは、そこまでの流れの中で音の層を少しずつ徐々に徐々に重ね増やしていく所。『One Last Kiss』の発想と着眼は、例えば『Movin' on without you』なんかとは対極にある。同曲は冒頭にいきなりエレクトリック・ギターで切り込んできて先手をとってそのテンションの中に巻き込んでいくスタイルだが、『One Last Kiss』は静かにそっと始まって気がついたら盛り上がっている、という後の先(ごのせん)的な手法を取っている。

実際、二回のブレイクの瞬間いずれでも気づかされるのだ。「あれ?いつのまにこんなに賑やかなところまで来ていたの?」って。ヒカルの曲で唐突にリズムがオフになるブレイクを挟む曲は珍しくない。『Beautiful World』だって楽曲終盤の『もしも願いひとつだけ叶うなら』の場面でブレイクがある。しかし4分余りの長さの楽曲で二回あるのは珍しい。これは意図的なもので、そこまでのプロセスで音の重ねて行き方に違いがあるからだ。

そこの話は次回に譲るとして、この、ブレイクを効果的に活かすために「なだらかに坂を昇って急転直下」というやり方を取れるのは、ひとえに歌自体がリズミカルに構成されているからである。バックの演奏が分厚くなくてもヴォーカルのもたらすグルーヴだけで最初っから曲を引っ張っていける。Aメロの旋律の動き自体は狭い音域での単調な繰り返しに終始していてメロディとしては差程面白くない。しかし、ここに歌詞を絡ませて抑揚をつけることでリズム・セクションとしての機能を付与しているのがポイントだ。なんだかんだで音程はしっかりある為それそのものではないのだが、ある意味ラップの手法と発想は同じである。ヒカルのラップといえば近年では『Too Proud』のライブバージョンなんかもあったし、これまたラップではないが『Time』の『あの頃より私たち魅力的 魅力的』のパートなんかも少し似た手法かもしれない。これまでのヒカルの最近の楽曲の流れを汲みつつ新しい領域に足を踏み入れている、まさに2021年の今の宇多田ヒカルの充実を体現した楽曲といえるのではないだろうか『One Last Kiss』は。