『君に夢中』っていつにも増して「口調の振り幅」が広いよね。普通ひとつの歌の中に
『分かっちゃいるけど』
『科学的にいつか証明される』
の二つが含まれてるなんてことないよ?
その振り幅の象徴ともいえるのがこの音韻。
『deja-vu(デジャ ビュ)』
『てヤツ』
『出会う』
『天国』
この4つがサビメロの同じ場所に当て嵌められてるって事実がこの歌の大きな特徴のうちの1つでしょう。メロディの流れとしてもここの音程がクライマックスというかエモーションのピークを示しているので、これらがキーワードだと解釈していいかと思う。
それぞれの文章はこう。
『まるで終わらないdeja-vu』
『許されぬ恋ってヤツ?』
『来世でもきっと出会う』
『ここが地獄でも天国』
こうやって四節並べるだけで『君に夢中』の歌詞内容がおおまかにではあるが把握出来てしまう。ただ韻を踏むだけでなくそれらが総てキーセンテンスであるという二重性が宇多田ヒカルならではといったところ。
もうほんとこれだけで物語の流れがわかっちゃうもんね。既視感を感じさせるほどの運命の出会いがあったんだけど様々な事情でそれは叶わぬ恋であり、本当に結ばれる願いは来世に託そう、でもたった今二人になれる時間が出来たから束の間の幸せを味わってる…ってそんなストーリー。でもこう書くと大体『Be My Last』だな。あれも輪廻転生を主題とした三島由紀夫の「豊穣の海」第一巻「春の雪」の映画の主題歌だった。「最愛」の方はどんな展開をみせるやら。
やはり『deja-vu』と『てヤツ?』が韻を踏んでるのが斬新で、これって日本語の歌の中で英語やフランス語で歌っても違和感がないと思われていて、かつ、普段からシリアスな歌の中に唐突に親しみやすい口調(『道』の『調子に乗ってた時期もあると思います』みたいなやつね)を織り交ぜてくると認識されている、っていう二つの前提を併せ持った人だから歌えるのよね。宇多田ヒカルしかいないわな。
でも、それよりは地味だけど『deja-vu』と『出会う』が重なるってのがコロンブスの卵的に良い。『deja-vu』と『てヤツ?』は史上初めて韻を踏まれたんじゃないかと思う一方、『deja-vu』と『出会う』はもう既に誰かが歌っているかもしれない予感がある。だけど、今まで20年以上かけて輪廻転生について歌ってきた宇多田ヒカルがここにきてこの韻を踏んだ時の必然性の説得力が凄まじい。斬新さも素晴らしいけど、この、自身の作詞家としての歴史を背景にしたドラマティシズムもそれ以上に尊いものであるなぁと私は詠嘆を禁じ得ないのでありました。いやほんま、感慨深い歌詞ですわ。