無意識日記々

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「Nのタメに」

ヒカルが頻りに歌の中に「ん/N」の音を入れ込んでくるのは、別に『Find Love』&『キレイな人』に限らない。例えば『One Last Kiss』の『この世の終わりでも』なんかも「こんのよのおわりでも」と歌っているように聞こえる。な行とま行の音を強調する時には自然とこうなっているのだ。

しかしながら、『Find Love』&『キレイな人』では『Find Love』という歌詞の"Find"の"in"の音を中心にして歌詞の音の手触りを統一してきたので「ん」の音がやたらと目立つのだ。

『12時の鐘に』は『12じのかんねんにぃ』だし

『汚れたドレスに』は『汚れたどれすんに』だし

『いつまでも物足りない』なんか『いつんまでんもものたりんない』なんて風に

それぞれなっている。流石にこれだけ徹底してきたのは初めてではないか。

その徹底ぶりが新しいグルーヴを生み出したのだとも言える。今回はそこを詳細にみてみよう。

リズムというのは表と裏がある。「リズムの表を打つ」というのは「タン・タン・タン・タン」という感じ。一方、「リズムの裏を打つ」というのは「ンタ・ンタ・ンタ・ンタ」という感じだ。要は一瞬だけタメを作って拍をずらすことを言う。

この裏打ちの効果が、『キレイな人』では日本語歌詞によって実現されている。ヒカルが「ん」の音を差し挟んでくるのはすぐ次の音が「な行」か「ま行」の場合である。上記の歌詞の表記でいえば「んね」「んに」「んま」「んも」「んな」という具合に。

これらの発音が裏打ちの「ンタ」に近いのはわかるだろうか。ヒカルが「ん」の音を挟むのは必ずその"後の"音に先んじて、である。前の文字は然程関係が無く直後の文字の影響が大きい。つまり、必ず「ん」とその"次の"音がペアとして歌われる。「ドレスんに」は「ドレスん/に」ではなく「ドレス/んに」なのだ。他の場合も同様である。

これらが、楽曲の中で、1箇所や2箇所ではなく、やたら頻繁に現れる。その為、歌の流れが全体的にリズミカルに裏打ちをフィーチャーしているように聞こえてくるのだ。例えば「汚れたドレスんに」ならリズムは「タン・タン・タタ・タタ・ンタ・タタ」、「いつんまでんもものたりんない」は「タンタン・ンタタン・タンタン・ンタタン」みたいな流れになる。

その上、基本的に、歌詞で表記されている文字というのは表の拍に合わせて割り振られているのである。その為、「ん」の文字が入って裏を打っている筈の音が実際は表の拍を打っているという奇妙な状況が形作られるのだ。ここがポイントである。

つまり、ヒカルは、恐らく然程意識せずに、「裏拍を打ちながら更にそれを表拍に少しずらして歌っている」のである。ヒカルの『ライナーボイスプラス』での発言をもう一度振り返ってみよう。

『(前略)その、どうしても、同じメロディ歌ってても全然ノリが英語に…英語の時のノリと、こう、凄く、印象が、変わって。ノリが変わっちゃうんですね、ホント。譜面に書き起こしたら同じだとしても、あの~自分でもなんか日本語で歌ってて「あれ?なんか場所が、なんかあたしズレてきてる? なんかおかしい、のかな?」って思うような時があったり違うメロディに聞こえてきたり、段々こうゲシュタルト崩壊してきて(笑)、あの~混乱したりってするくらい大分印象が違くて。(後略)』

そう、ズレているのだ感覚的に。歌詞カードに書いてある、譜面に書いてある歌詞はちゃんと音符通りに割り振られているのだが、この「ん/NまたはM」の音を頻繁に差し挟んだ事で裏拍的なズレが何度も訪れて、全体のメロディやリズムの印象を変えているのである。このNとMの音による「ん」の作る「タメ」が、『キレイな人』に於ける、英語歌詞の『Find Love』の方にはない、日本語歌詞による独特のグルーヴを生んでいるのだというのが私の現時点での解釈である。NとMのタメ。これは多分、今後のヒカルの歌にまた新しく表れてくると思うのでこれからも注意して聴いてみるといいんじゃないかな。