そうそう、「関ジャム 完全燃SHOW」では『BADモード』のサウンドの素晴らしさにも触れてくれていたな。なんて言ってたっけ、「音の分離がいい」とかなんとか。
確かにこれは今まででいちばん凄いかもしれない。タイトルトラックを例にとると、ドラムスにパーカッション、エレクトリックベースにシンセベース、エレクトリックギター2本にカッティング用のアコースティックギターが都合3本、更にピアノにエレピ、トランペットにバイオリンまで重ねられている。歌とコーラスに関しても最大で四部同時に発声してるかな? それぞれがダブルで録音されているとすれば…って、こんな御託を並べるより『LSAS2022』での皆さんの忙しさを観て貰った方がわかりやすいよね。百聞は一見に如かずだ。あと、ブックレットのクレジットも縦に長いぞ~。
という訳で確かにこれだけの音を一度に鳴らして全部が見通しよく聞こえて把握できるというのは、小森くん師匠をはじめとしたレコーディング・エンジニアの皆さんの技術の賜物なんだろう…けれども、素人にはその技術の詳細がわかんないからねぇ。きっとなんか凄い丁寧な作業をしてくれてるんだろうなぁ、位の感想しか言えない。鱧の骨切りとかお吸い物のの灰汁取りとかもやしのひげ根取りみたいな作業を延々やってくれているのかなぁ…(なんで料理で喩えるんだか?)。
であるからしてそれは脇に置いておいて。一方でこちらにもわかる事がある。ヒカルの編曲の良さもまた、音の分離がよく聞こえるのに一役買ってるんじゃないの?と私は考えているのだ。
沢山の音がいっぺんに鳴っていても、それぞれの役割分担がハッキリしていて、更にそれが重なっていない。有機的で整理された作編曲になっているから、そもそもトラックの出来以前に、曲自体の与える印象が整っているから、音の分離もよく聞こえるんじゃあないだろうかとな。
そう自分が考えるのも、前から書いている通り、あたしたまにモノラルでヒカルの曲聴くからなのよね。そうするとどうしても音が真ん中に集まっちゃってぐしゃっとした音像になりがちなんだけど、こと『BADモード』アルバムに関しては、意外に整理されたまま聞こえてくる。結構吃驚だった。
幾つかのレビューで「このアルバムは音の隙間が多い」と書かれていた気がするのだが、この『BADモード』アルバムは、同時に鳴らしている楽器の数に関して言えば『EXODUS』をしのいで過去最高ではないかと思う。それにも拘わらずそういった「音数が少ない」印象を与えられるのは、編曲時点での整理整頓度がこれまた過去最高に洗練されているせいかもしれない。サニーやガイやサムといった今をときめくプロデューサーたち(スクリレックスとA.G.クックとフローティング・ポインツね)の作る最新のサウンド(サニーのはもう古臭いとか言わないw)についつい耳を奪われてしまうかもしれないが、編曲の基本はドラムにベースにピアノにギター、そこにコーラスとボーカルという極めてオーソドックスなものなのだ。前作の『初恋』のような、クリス・デイヴに叩かせたのに不採用みたいな極端な事をしていない。『君に夢中』のトリプル・ベースなんかも、細かい概説はまたの機会に譲るとして、非常にオーソドックスなバランスになっている。
故に、もし今回の『BADモード』のサウンド・クォリティーに感銘を受けてヒカル以外のミュージシャンがこれらに携わったエンジニアの皆さんの仕事を仰いでも、同じような音の分離の良さの印象を持てないかもわからない。ただ音がいいというだけではない、編曲家宇多田ヒカルの成長もまたそのサウンドクォリティーの好印象に貢献している可能性も、何処か心に留め置いてくれると嬉しいぞっと、今回はそんな話でしたとさ。