無意識日記々

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音の歌化

この話はどこかでしておかないと。なので今ここで。

先般から話に出しているように、現代は「空間オーディオ」普及前夜の段階にある。この夜が現実に明けるかどうかはわからないが、そういう期待を持つのは構わないだろう。

要は、映画館のように、前&左右からだけでなく後方からも音が聞こえてくる(ような)サウンドを、貴女のお部屋で、なんだったらイヤホンとスマホだけで実現しようという試みだ。

今まではスピーカー(orイヤホン)は1組(2つセット)で、音は左右の拡がりだけだったがこれが前後にも上下にも拡がる。SONYの360RやAppleドルビーアトモスなどが有名だ。

このサウンドシステムがこのまま普及していくと、何が変わるかって作り手側の都合、即ち作編曲の方法論だ。その昔、再生機器がモノラルからステレオに入れ替わっていった時期、ハードロックバンドはそれまでのギター&ベース&ドラムスのスリーピースから、そこにキーボードやもう1台のギターを加えた4ピースや5ピースのサウンドに変化していった。それまでひとつのスピーカーでアンサンブルを強調する時には音域を上下に分けることが得策だったのが、同じ音域でも左右にパンを振ることでアレンジの幅を拡げることが可能になったのだ。(レコードの話になりますが)

それが空間オーディオでも起こるだろう。今までは何が何だかわからなくなりがちだったビッグバンドの複雑なアンサンブルも、左右だけでなく前後にも配置することで途端に見通しがよくなり、更に複雑なアレンジが加えられていくだろうことが予想される。今までの5.1chや7.1chは、各家庭に専用のシステムが必要だった為影響が限定的だったが、今度の空間オーディオはスマホとイヤホンだけで実現させるつもりだから普及度の面で少し様相が異なる訳だ。なので作り手側もチャレンジがし易くなる。

そうね、例えばヒカルの『PINK BLOOD』などは、空間オーディオによる編曲術の予感を感じさせてくれている。もし冒頭の『キレイなものはキレイ』のあの神々しいコーラスラインが、僕らの頭上の左右斜め上から聞こえてきたらどうだろう? 神々しさが3割増しくらいになりそうだ。あの左右に鏤められたギターのアドリブが、まるで天球の星の瞬きのように四方八方から聞こえてきたらどうだろう? 左右にソニックするヒカルの『PINK BLOOD~♪』のバックコーラスが、実際に自分のアタマの回りを回っているように感じられたらどうだろう? 結構ワクワクしてきませんか?

斯様に、空間オーディオはリスナーを「どこか別の世界の中に連れて行ってくれる」効果を、これまで以上に持つことになる。より一層音楽の世界に没入出来そうだ。周囲360°音楽に囲まれるのだから。我々はそこに音の世界の拡がりを感じるだろう。

技術が発達していくとどんどん凄いことになっていくねぇ。既に今のサウンドでも把握が難しいのに、これ以上音が増えたらとても手に負えそうにない…そんな弱音もちょっと吐きたくなっては、くる。確かに、そんな不安もあるのよねぇ。あと、自分が音の違いをわかるかどうかという耳に対する不安なんかもありますわね。新しい話が出てくると、どうしても何某かの不安と対話しないといけなくなる。

でも、そんなに心配しなくていいのかもしれない。「音楽の世界に没入する」とか「別世界へのトラベル」とか、そういうのを我々は既に体験している。歌、だ。

歌には歌詞がある。優れた歌詞は、そこにありありとリアルな景色を描くことが出来る。例えばヒカルの『気分じゃないの(Not In The Mood)』は、歌に耳を傾けているとヒカルの見たロンドンの風景に囲まれていくような感覚に陥れる。ひとの体験を追体験するかのような。つまりは、空間オーディオがやろうとしているのはそれに似た話なのだ。歌によって生じるイマジネーションを、サウンドで構築してやろうという事なのである。それを私は勝手に「音の歌化(おとの、うた・か)」と呼んでいる。音楽が、歌の歌詞がするように、イマジネーションをそこに描写する手段として進化していく最中なのだ。が、それは、恐らく優れた作詞家によって、モノラルの一声の歌声で達成されるものと同じものを目指す営みになるだろう。それが私の予想であり、恐らく宇多田ヒカルの今後の進化もそのような方向性をとるように思われる。即ち『PINK BLOOD』のように球形の音像に取り込まれてトリップしたり、『気分じゃないの(Not In The Mood)』のように歌の力/歌詞の力で僕らの心を遠く離れた世界に連れて行ってくれたり…どちらの手法も研ぎ澄まされていって、どんどん融合していくだろう。ますます人間離れした所業になるだろうが、『BADモード』アルバムからしてもう既に常人の仕業じゃない。ここはもう観念して、遠慮なく新しい世界を見せて貰うことにしときましょ。そういう意味での諦めも、肝心よ☆