「11月のワクワク」って色々記憶が焼き付いていて。1999年の『Addicted To You』、2001年の『traveling』、2006年の『ぼくはくま』、2010年の『Goodbye Happiness』などなど、これから冬に向かうというのに高揚感を否応なしに増していく展開が多かった気がする。
その中でも更に突出していたのが『traveling』で、当時その前の『FINAL DISTANCE』のリリースがアルバム『Distance』からの“変則リカット”と見做されていた為これが実質来るべきサード・アルバムへの幕開けとなったのだった。「これはとんでもない作品が出来上がりそうだ」という期待感。人は何かを得るときより何かを得る期待を持った時の方がより興奮するというが(ホンマかいな?)、『traveling』の齎した“予感”の強さはその時点で過去最高にブリリアントなものだった。
気がついてみれば、その予感の先にあった名作『DEEP RIVER』発売から今年で20周年なんだけど、なんだ、あんまり話題になっていないな。話題にしてない私が言うのも滑稽だけど、それだけ最近作である『BADモード』がとんでもない1枚だということだろう。
20年前に市場的な絶頂期を迎えたアーティストが今発売された新譜に関心が寄せられているというのは凄味そのものだと思うが、『DEEP RIVER』の持っていた存在感はメディア的に振り返られた時に少し違う印象を与えられているかもしれない。
確かに、ゴシップの報道量は1999年が圧倒的で、それは2001年3月の「宇多田ヒカル&浜崎あゆみアルバムで同日発売」の日まで続いた。その後上記の『FINAL DISTANCE』で楽曲の性質上テレビ出演でのプロモーションを行わないなどして次第に宇多田ヒカルがゴシップの的にならなくなっていったその直後の時期に『traveling』がリリースされたのだ。
同曲は2001年11月28日発売のため、集計によっては2002年チャートに名前を登場させるのだが、その場合、2002年シングルCD売上チャートではその『traveling』に加えて『光』『SAKURAドロップス/Letters』という都合3枚4曲が年間TOP10に名を残すいうビートルズみたいなことをやってのける。確かに、ゴシップから離れた為ワイドショーやスポーツ紙や週刊誌での露出は減ったのだが、こと音楽ファン、邦楽ファンにとっては2002年こそ宇多田ヒカルの市場的頂点だったのだ。
そこから20年。確かに数字的にはヒカルは邦楽市場のトップではないが、リスペクトわらしべ長者を行ったら(つまり、あなたの尊敬する邦楽アーティストはどなたですか?という質問を辿っていったら)終着地点のひとつに据えられるだろうまでの存在になったこともまた確か。それが現役バリバリどころか過去最高速度で成長を続けているのだから色々と堪ったものではないのだが、そうなれたのもヒカルが20年前に『DEEP RIVER』で自らの限界を打ち破り押し広げたのが大きかったのだなぁと今改めて思う。ここで引退しなかったってこと、だね。続ける意義は海よりも深いのだった。