無意識日記々

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今回も昨年に続いて「スタジオ・ライブ」のリリースです。

宇多田ヒカルというアーティストはずっと音源としてライブテイクをリリースしてこなかった。コンサートのサウンドを知りたければ映像を観てねという態度で一貫してきていた。これだけ長くキャリアを積んでいたらライブ・アルバムはなくともシングル盤のカップリングにライブ・テイクを収録したことが1回くらいあってもよかったろうに、それすら一度もなく。

それが昨年の『Hikaru Utada Live Sessions from Air Studios 2022』、そして今年の『40代はいろいろ -Live from Metropolis Studios』と、フルサイズではないにせよ二年連続で立て続けにライブテイクを音源としてリリースしてくれているのだから、この事態は大変喜ばしい。長年積年の思いが叶ったと言っていいだろう。無意識日記で何度「ライブ・アルバムをリリースして欲しい」と書いてきたことか…スタッフさん達に駆け寄って両手で力強く握手したいとこだよホント。

だが、人間てのは強欲でな(と、他の人類80億人を勝手に自分のポリシーに巻き込んでいくスタイル)。ここまで来たら更なるライブテイクが欲しくなる。「更なる」と言っているのは、あれなんですよ、昨年と今年は確かにどちらのリリースもライブテイクである事は間違いないのだが、何れも無観客のスタジオ・ライブでしかないのよね。確かに全部の音をリアルタイムで出してはいるのだけれど、この人たち歌を筆頭にしてちょっと演奏が上手過ぎてライブテイクならではの生々しさみたいなのに欠けるんだわさ。その上観客・聴衆が居ないもんだから、彼らの意識は一緒に演奏している者同士の方を向いていて、勢い室内楽的なコンビネーションに終始している。これはこれで勿論アリなのだが、やはり外側に観客・聴衆が居てそちらに意識を向けて演奏・歌唱されたものとは質が違うのだった。

なので、次のライブテイクは是非観客からのフィードバックに満ち溢れたものを聴いてみたいと思う私なのでした。

ただ、ライブテイク/ライブアルバムって「観客の喚声がうるさい」って言われがちなのよね。「あれがいい」という人と「あれがどうも」という人で割れるんよ。宇多田ファンがどちらに揺れるのかは未知数だわね。まだそういう音だけのものをリリースした事無いからね。それを考えると、DVDなんかの映像作品って、やっぱり視覚的に人が集まってるっていう説得力が強いんだなと納得するところ。

まーそれは少し遠めの未来の話で。我々は差し当たって、3日後に(いやもう丸2日とちょっとか!?)、既知ではあるものの新しいライブ・テイクを手に入れられるのだ。こちらはスタジオ・ライブなので喚声もない。というか、黙って聴いてればライブテイクってわかんないかもしんないね。『Hikaru Utada Live Sessions from Air Studios 2022』も時々スタジオ・ライブであることを忘れるくらい演奏歌唱の完成度が高かった。ミキシングの素晴らしさもそれに拍車をかけてたわね。今度の2トラックも、私は一度しか聴いてないが、何れも演奏歌唱共に破綻のないものだったと思うので、新しいスタジオテイクとしてもきっちり聴けるだろう。出来れば編曲のクレジットも見てみたいけど、それはYouTubeの方に上がるのを期待しようかな。フィジカルで出してくれたら嬉しいけどそれは流石に厳しいか。あのジャケット気に入ってんだよね。今までにない賑々しさで。まぁそんなこんなで金曜日を手薬煉引いて待ち構えてるところでありますよっと。