無意識日記々

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同じ言葉の意味が変遷した場合の危惧をクドクドと。

前回した話の要点を細かく言い直すと、「同じ言葉の意味が違ってきた場合」の話なのだこれは。

例えば『Automatic』には他にも

『七回目のベルで受話器を』

という歌詞が登場する。今の若い人は「受話器」という単語を知らないかもしれない。だが、それだけだ。知らない人は「なんかよくわからんことを歌ってる」と思うだけで、もし知りたいなら検索すればいい。目で読めば漢字で大体想像がつくかもしれないし。

だが『computer screen』は違うのだ。まだ目の前にそれはある。しかし、液晶のタッチスクリーンとブラウン管では歌詞の解釈が異なってしまう。危惧する点はそこなのだ。その言葉なら知ってると安心して本来の意図とは違う解釈を何の躊躇いも無くしてしまう可能性が出てくるのですよ。

ヒカルさん本人もこの間「むしろ歌詞とはそういうものだから」と歌詞の言葉が古びる事を肯定的に捉えてはいたが、それはあクマで言葉の意味が変わらなければ、だろう。PHSblackberryNetflixUber EATSも、知らなければそれはそれで済む。ブラックベリーを果物だと思ってしまうと不味いかもしれないけれどね。ともあれ「その頃の風景」を表す言葉であると捉えて貰えればそれで十分だしそれはどの時代にも可能なことだ。

ところが、時代が下るにつれ同じ言葉に違う意味が付与されていくとなるとこれは話が変わる。「わからない」と思われるのならまだいいのだ。そこで終わるから。でも、あたしも今までいろんな人と関わってきたけれど、最も厄介なタイプのひとつに〔「わかりました!」と元気よく返事するけれど実は何も理解してない人〕というのがあってだな…「なんのことだかさっぱりわからん」という人は余計なことはしないけれど、自分が理解していると誤解している人間は自信をつけてしまってるが故に行動に遠慮が無くなるのだよ…って何の愚痴だこれ? …いや、そう、「わかってないとわかってる人」なら無害だが「わかったと誤解した人」は始末に負えない、とそういう話ね。

なので、ここからヒカルの歌詞を誤解してるのにそれに気づかない人が出てきたらコトだぞとそういう危惧を想定して前回の日記を書いたのだ。

実際、それこそグリム童話なんかは時代に合わせて内容がアップデートされていってるから、そんな中で「シンデレラ」のストーリーが何らかの形で改変されたりなんかしたら『Movin' on without you』や『Find Love』の歌詞が誤解されたりするかもしれないのよ。

もっと極端な妄想をすると、喫煙が(実際に施行された禁酒法みたいに)違法行為にでもなったら、

『最後のKissはタバコのFlavorがした』

の一節なんか「歳上との初恋」の意味な筈なのに「犯罪者との恋」とかになってしまうからね…ああいや、元の歌詞も、もしかしたら「背伸びした同級生」って解釈もアリかもしんないけどね…。

という感じで、世相や技術の進歩や道徳の変化などで、同じ言葉の意味が変遷して歌詞の響きが変わってしまうだなんてことは幾つも有り得る。そうならないように先手を打てればいいなと。

でもまぁね、そんなことを考えられる位に長いキャリアを歩んできてくれてるんだなとも言えるわけでね。それについては大きな感謝をもってこのあと続いていく「25周年記念イヤー」を味わっていきましょうぞ。