無意識日記々

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性自認問題最高裁判決について

経産省トランスジェンダー職員のトイレ使用を制限するのは違法」という判決が最高裁で下された(という書き方で後年検索したときに同定出来るだろう、日付でわかると思うが2023/7/11)。

詳細を読むと寧ろ「二審(東京高裁)はよく適法と言えたな?」という疑問の方が遥かに強く残るケースのようなのだがそんな過去の話はもういいや。さっきチラッとTwitterみたら曲解誤解どころか事実を捻じ曲げて憤る人達を何人か目にして溜息を吐いたのだがそれもまぁいい。この日記で取り上げる以上大事な点は、非常に大雑把で申し訳ないが、

性自認に理解のある国だ」

とほんのちょびっとでも、他国にも自国にも、そしてヒカルパイセンにもアピール出来た点だ。この流れが更に加速することを私は願う。

そう強く願うのは至極単純な話で、ヒカルが性自認に関する諸問題の当事者に成り得るからだ。ノンバイナリ宣言したからね。

で、今のヒカルはロンドン在住である。ロンドンでの生活振りはよくわからないが、兎に角、もし日本が性自認に対して理解が無く、差別や暴言や暴力に晒される国だという事になれば、当然ヒカルの足が遠のく。ツアーすることも断念するかもしれないのだよ!

別にヒカルがトイレに困るわけじゃあないとは思う。Instagramには『Hikaru Utada she/they』と記してある訳で、肉体的には女性で、恐らく大体の場面では女性として振る舞うだろう。だが、ノンバイナリと宣言した以上、生活や人生の中で、それに留まらない局面があるということだ。それが具体的に何であるかはわからないが、だからこそ、「“国全体として”性自認に理解がある」という漠然としたイメージが形成される事が望ましい。「あの国にツアーに行っても私は快適に過ごせる」と思わせてくれるひとつのファクターとして機能して貰わないといけない。勿論逆なら「あの国には行きたくねーな」となるだろう。

確かに、今でも圧倒的に市場としては日本がメインなのでツアーとなった時に日本を外すのは有り得ないといえば有り得ないのだが、そもそも宇多田ヒカルは別にツアー自体をする義務も必要も無い。息子に「お母さんちゃんと働いてるよ」と言えれば何でもいいのだから、あると予見できる精神的苦痛をわざわざ被りに行く仕事を受ける必要は無いのである。別に日本に限った話ではない。ヒカルに「あの国はいい国だな、行ってみたいな、あそこで歌ってみたいな」と思って貰わないと、来てくれないかもしれない。選べる立場なのだ宇多田ヒカルは! どの国のファンも、そこは頑張ってアピールしないといけないのよ?

過激な事を言うなら、国法成立や最高裁判断といったクラスの話になれば、それを理由に「ツアー拒否」を宣言する事も可能なのだ。そんな国とは意見が合わないから敢えてすっ飛ばしますよと宇多田ヒカルが発言したらかなりのインパクトになるだろう。勿論そんな政治的な扱いはしようとしないとは思うが、さっきTwitter覗いてみた感じだと「そんな風に言われても仕方ないかも」と思ってしまうほど酷い発言が幾つもあった。中には宇多田ヒカル聴いてる人も居たような? いや見間違いだと信じたい。宇多田聴いといてノンバイナリなどの性自認に対する差別発言するとか、えぇっと…正気か? まぁそんな人達にも響くほどヒカルの歌が素晴らしいのだと思っておくかな…。

ともあれ、今日の最高裁判決に、冷静でない口調で言及してる人の言うことは信用しないわ私は。法技術的に反論する筋道なら無くはないので(実際二審判決は逆だったのだし)そういった建設的な議論なら歓迎しなくもないが(まぁそれですら時間の浪費になるだろうけど)、人格否定や過度な詠嘆を溢してる人は、記事もまともに読まず、先入観と偏見で物事を判断し、何よりノンバイナリ宣言をした宇多田ヒカルに対する配慮も気遣いも無い人ということになるのだ。相手にしている人生の時間は無い。時間タップリあっても相手しないけども。

なので当日記の読者様におかれましては、ヒカルさんが性自認に関する問題の当事者であることを、今一度思い出して噛み締めて欲しいと強く思うのでありました。こういった穏当な(正直慎重過ぎると思う位の)判決が積み重なっていくことで、この国がヒカルさんが訪れやすい場所になっていくのだからね。ツアーに来て欲しいなら、一も二もなくそう願おう!