昨日のメッセ並みツイートの
『理解できないと理解すること。』
の一言は多くの人に感銘を与えたかと思う。が、私の方はといえばこれを読んで「日本語巧いなぁ」とその技巧に着目していたのであった。ちょっとズレてますね。
この真ん中の『と』がいいんですよ。そうか、ここは助詞一文字でいいんだと目から鱗が落ちたわ。
だって本来の意味は
「(他者を)理解できないという事実を(受け容れて)理解すること。」
なんだもんね。これをもっと読みやすく覚えやすく反芻しやすいように短く言うにはどうすればいいか。確かに、最適解は“内容を示す格助詞”「と」の一文字ですわ。それで済みますわ。ここらへんのセンス、限られた文字数に言葉を当て嵌めて意味を伝えないといけない作詞家としての力量が窺えるよ。
これを例えば
「理解できないことを理解すること」
のように書くと、間違いではないにせよ文が多義的に解釈可能になって大意を誤解されるケースが出てくる為ベストとはいえなくなってくる。
ここらへん、英語に訳してみるとわかりやすいかな。(英語苦手な人にとっては余計わかりにくいんだけども)
その「理解できないことを理解すること」を英語にすると
“To understand what you can't understand.”
になるが、元々の『理解できないと理解すること。』の方は
“To understand that you can't understand it.”
なのだ。意味が違ってくるのよね。
なんでこんなことを書いてるかというと、試しにその『理解できないと理解すること。』をグーグル翻訳にかけてみたら
“Understanding the incomprehensible”
って返ってきたから。逆翻訳にかければわかるとおり、これって
「理解できないことを理解すること」
なのよね。それだと
“To solve what you can't solve”
つまり、「解けない問題を解くこと。」の方に解釈されがち。もうこうなるとヒカルの言いたかったことの真逆になってしまう。ヒカルは
“To know THE FACT that you can't know it”
つまり「(他者の事を)知ることは出来ないという“事実”を知ること」が大事なんだと言ってるのだから。
こんななので、ヒカルの呟きを自動翻訳にかけて読んでる日本語圏外の皆さんは混乱してないかなぁ、という勝手な心配をしているのでした。…いやそれならこの日記自体を英語で書けばよかったってか!? …その通りだねぇ…(今の今まで気がついていなかった人…)。
まぁ兎も角、誤解するにせよしないにせよ、このヒカルの呟きもまた僕ら一人々々にとっては「他者の言葉」な訳なので、自分が理解できたかどうかについて油断する事はないようにしておきたいなと肝に銘じ直しましたという話でしたとさ。