公演で聴く中で「歌詞の情緒がいちばん変わってたな」と思うのは、その大胆なライブアレンジでサウンド自体が生まれ変わっていた『Keep Tryin'』や『誰かの願いが叶うころ』よりも、かなりスタジオ・バージョンに近いサウンドでまとめていた『For You』の方だった、というのが多分この『SCIENCE FICTION TOUR 2024』の本質に関わるイシューになりそうで。
人の孤独を歌いがちと見做される宇多田ヒカルの歌の中でもフックラインに直接『孤独』のフレーズを持ってくる『For You』は特に象徴的な楽曲で。『タイム・リミット』と共に目前の『Bohemian Summer 2000』に合わせてのリリースだった為かなり慌ただしい印象のある曲で、シングル盤のジャケットもヒカルの(ありあわせの)絵だったしPVはシクレライブを収録して編集して構成したものだったしで、宇多田ヒカル17歳のあの頃の状況と心情を生々しく伝えるこの曲は、10代ならではの焦燥感とまさに孤独感に溢れていて、その切実な問題意識はこの感情に苛まれてみた事のある人にとっては何と本質をついた表現だろうと共感に共感を重ね合わせて心を切なくさせること幾度もという名曲なんだけど…
…SFツアーでのパフォーマンスには、そんな雰囲気微塵もなかった! ただただ重厚なグルーヴに身を任せて体を揺らせる美旋律のR&Bナンバーを聞けてひたすら楽しいって趣で!
確かにメドレー形式で短く切り上げられるあっさり感がそのフィーリングに拍車をかけていたのは間違いないのだけれど、サウンド作りは基本スタジオ・バージョンに則ったものだし、何より、ヒカルの歌い方が、今の発声を用いているとはいえかなりスタジオ・バージョンに準拠したものだったからね。だから余計不思議でな。
例えば私の大のお気に入りである『a brighter sky oh』と『a darker sky oh』、2つの『oh』の歌い分け。前者の『oh』は低く影を差すようなトーンで歌われている一方、後者は高く光が差すようなトーンで歌われている。つまり、「より明るい空には影を差し」「より暗い空には光を差す」っていう二重の対比を『oh』を歌い分ける事で表現してるパートなんだけど、ここがしっかりと今回のライブでも再現されてまして私はやたら嬉しくなってしまったのだけど、肝心のこの二重に対比で齎される筈の「青春の頃の葛藤」みたいな感情がそれを耳にした瞬間には微塵も感じられなくて。リアルタイムでライブで観ていた私は、ただ嬉しくて、ただノッていて。観ながら聴きながら摩訶不思議な感覚に囚われていたんですよ。
それはおそらく、何より今のヒカル自身にとって、17歳の頃のこの感情が「リアリティのないもの」と捉えざるを得なくなっていて。それがちゃんと歌に乗り移ってるから聴き手であるこちらにもそれが伝染してきてたのかなと──そう一旦は解釈しながらこの話は次回以降にも続いていきますよっと。