無意識日記々

mirroring of http://blog.goo.ne.jp/unconsciousnessdiary

空耳上等、レイディ・レッツゴー

まず『Lady, レッツゴー』の方だが、ここの書き分けの理由は案外単純じゃないかとみる。実際の歌の発音としては英語で「Lady, Let's Go」と言っているというよりは、日本語発音で「レイディ、レッツゴー」と言っているように聞こえる。ヒカルは敢えてカタカナっぽく歌っているのだ。しかし、もし日本語の「レディー」を歌詞カードに掲載してしまうと、もうひとつの「レディー」、即ち準備OKの「Ready」と区別がつかなくなってしまう。ならばということで、発音はカタカナであるにも拘わらず表記はアルファベットにしたのではなかろうか。

そもそも、この「Lady, レッツゴー」自体、本来日本語でもよく使う「レディー・ゴー(Ready, Go)」のパロディとして置かれているとみた方がよい。歌詞カードを見ずに歌だけ聴いている人の多くが、ここの部分を「Ready, Let's Go」だと聞き取っているものと思われる。そして、きっと"それでいい"のである。

ヒカルは、恐らくこのキプトラの歌詞を耳で聞き取ってもらっただけで全部正当に解釈して貰おうと思っていないのだ。寧ろ、どんどん聞き間違いをしてくれれば位に思っている。「空耳上等」の気構えだ。『退治したいよ』だって『どんぶらこっこ』だって、そのまま受け取って貰えるとは考えていないだろう。特に『どんぶらこっこ』の方は、以前指摘したように本来の日本語の「どんぶらこっこ」からはイントネーションがハズれている。聞き取って貰おうという方が無理だ。

ヒカルからしてみれば、歌詞というのはリズムとメロディーとライムにまみれた"ことばあそび"であるから、聴いたまんまを口ずさんでくれればOKなのだ。深い意味なんて、わざわざCDを買うようなコアなファンが考えればよい。『国家公務員だなんて』だって、本当は歌詞の音韻要請からこの箇所にカ行攻めを入れたくなったというだけなのに(いや、"だけ"というのは語弊があるな、それもあった、くらいか)、そこの意味を厳密に捉えて論つらわれるだなんて、心外もいいところだろう。結局、そういう"言い訳"は、今に至るまで口にしたことは、ないけれど。

勿論、正確に歌詞を把握して貰える事自体は歓迎なのである。実際、『Lady' レッツゴー』だって、よく聴けば『レイディー、レッツゴー』と発音しているのだからReadyじゃなくてLadyである事は歌詞カードを見なくてもわかる(Readyはレディーであってレイディーと発音する事はない)。伝わるなら伝わるに越した事はない。が、伝わらなくてもそれはそれで面白いじゃん、というのがヒカルの作詞上での考え方なのだと思う。

その点を踏まえた上で、次回「マネー&money」に行けたらいいな、って。(←弱気めな奴)